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大会日程から考えたこと

久田晴生(愛知)

 全国大会まで、あと1週間を切りましたね。関東各都県の皆さん、ご苦労様です。思
えば、私も昨年の今頃は大会準備に追われていました。さてその開催日ですが、大学を
使う関係で随分遅くなっています。というのは、今多くの大学で、授業を15週行い、テ
ストは第16,7週に実施するという運営がなされるようになったからです。(授業時間確
保!のために)
 うち(昨年会場の大同大学)ではそれが今年度から導入されました。では、去年の日
程はどうだったかと言うと、8月5日(金)が第16週でテスト最終日、6日(土)~8日(
月)全国大会、その後、私は、9日(火)に3年生対象の教育実習指導(1単位の教職必
修科目)を、10日(水)に4年生対象の教育実習報告会(教育実習指導の一環として行っ
ている)を行いました。
 ところが今年度から16,7週がテスト(最終日は10日(金))となり、13日(月)~20日(
月)夏季休業日、さらに、20日から中学免許希望者対象の「介護等体験実習」が始まる
、という強行日程です。そのため、17週のテストのない時間帯を見計らって、実習指導
等を9,10日に入れざるを得なくなりました。そんなことで、今年の大会は、すみませ
んが、初日の全体会と交流会は欠席します。もし、名古屋での大会を今年やることにな
っていたとしたら、うちでは会場が抑えられなかったかもしれません。そう考えると「
2011年」は、「この年しかない」という奇跡の年でした。
 さて、ここからが本題。先日、新高生研のメーリングリストに「全県1学区になって
から、進路実績をあげるという流れが強まり、文化祭と体育祭をくっつけて一学期にや
ってしまい、二学期は勉強に集中させるという流れが進学校以外でもできつつあります
。」という一文がありました。私が教員になった1979年当時、京都では、文化祭は9月
第3週以後に実施されるのが一般的でした。私が初めて全国大会のレポーターをした時
の実践は、そういった時間的ゆとりが背景にありました(9月に入ってから大きな失敗
をして、それを克服できる時間があった)。それが一気に変わったのが1987年です。高
校生の就職試験の解禁が、それまでの10月1日から9月16日に早まったことで、文化祭を
それ以前に終わらせるようになったのです。さらにその後、大学、短大の推薦入試の拡
大などで、日程がどんどん前倒しになり、今世紀に入って週5日制が導入されたことに
伴い、授業時間確保のため、8月下旬から授業開始。文化祭及びその準備は「暑さ」と
の戦いになっていきました。実際、体育祭を7月に前倒ししたある高校で、熱中症で生
徒がバタバタ倒れるという事件が起きました。
「授業時間確保」「進路実績」等そのものは歓迎すべきものでしょう。しかし、日本
(関東以西と言った方がよいが)の気候や生徒・学生の実情からすれば、無理な日程調
整をしていると言わざるを得ません。果たしてこのような日程で、文化祭等の特別活動
が、高校生が他者と関係を切り結んだり、主体的・自主的に行動するちからを培うもの
になりえるのでしょうか。私には、オフィシャルの時間がコミューナルな時間を侵略し
ているように思えてなりません。「正論」が幅をきかす世の中はしんどい。まあ、それ
でも、様々な場面で、事実を見据えながら実践していくしたたかさが、高生研の良いと
ころでもありますが…。

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文化祭などの取り組みで学んだもの

K(東京)

 退職するまで、ホームルームや生徒会役員会で文化祭・送別会などさまざまな取り組みをやってきた。
 高生研大会などで合唱を習ったり、太鼓を習ったり、寸劇をしたりした。それらが役に立てば良いと思っていた。
 結果、取り組んだことは、生徒達の要望を取り入れたものと自分が少しは自信がある、得意な事だったように思う。
 文化祭では、「からくり人形・茶運び人形の製作」「出店・焼鳥屋」「輪ゴムの射撃ゲーム」。生徒会役員会で取り組んだのは「水戸黄門の劇」「影絵」
 工業高校定時制の卒業までの担任期間は、4回の16年間と担任途中2年間が2回の4年間、合計20年間(38年間の在職)であった。生徒会顧問を十年ぐらいやっていたので、生徒会役員で送別会の出し物を出したこともあった。
 A校では、単学級で文化祭の出し物が食べ物出店が多かった。「焼鳥屋」は生徒の中で赤提灯の焼鳥屋をやっている生徒(中学時代いじめられていた)がいたので、その生徒の要望を入れて行なったものである。
 やや工業高校にふさわしいものと言ったら、「からくり人形」と「輪ゴムの射撃ゲームのピストル製作」である。
 「からくり人形」は暴走族など荒れていた時期に、生徒達が取り組みたい物が無かったので、私の発案で生徒達にやらせた出し物であった。
 B校の文化祭では、学校の授業で作ったものの展示が中心だったので、クラスとして取り組める部分の少ない文化祭だったが、何かを作らせることでクラス参加をした。それが「輪ゴムの射撃ゲーム」であった。
 生徒の一人が趣味的なものとして作りたかった「輪ゴムピストル」をクラスとして取り組んだ。インターネットで調べたコンピューター製図(CAD)の輪ゴムピストル図面を利用し、機械(ウォータージェット)で形を削りだしたものである。それを3丁作り、手仕上げで組み立てて作り上げた。射的ゲームの的は学年を越え、科で共同して動物などのペーパークラフトを作った。屋台の部分はクラスで作り上げた。
生徒会役員会の取り組み
 生徒会の役員による水戸黄門劇は、送別会の出し物がクラスの取り組みとして出てこないので、生徒会役員会劇を取り組み指導した。やはり、自分が劇を習ったことがなかったので、どたばた的な劇で終わってしまったように思う。
 影絵については、やはり、送別会で、生徒会役員会として取り組んだ。当時群馬高生研の人が本を出していたので、それを参考に作り上げた。これは見栄えのするものができたのではないかと思っている。
それぞれの学校の文化行事
 4つの学校を経験してきて、文化祭の内容は、その学校の継承されてきた文化の内容に規定されている部分があり、生徒たちも前年の文化祭でこの学校の文化祭とはこのようなものだと影響されているので、新しいものを取り入れるのはむずかしいことが多かったように思う。
 最後赴任したB校は、文化祭を科で取り組むんでいた。球技大会・運動会・文化祭を科の取り組みとしておこない。科での集会を持つ中で、そこで上級生がリーダーとして下級生の前に立ち、取り組みをリードしていた。それを科の教員が指導していた。文化祭では、その上級生のリーダーに、科の部屋のレイアウトを考えさせ、準備の3日間の準備内容の把握とその指導をさせていた。
 そのような取り組みの中で下級生と上級生との人間関係を作っていった。私の経験したB校以外の定時制工業高校では、各学年間の人間的な関係がクラブ活動でさえ、薄くなっているのを感じていたので、その取り組みの良さを強く感じた。
 

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最後の高生研な日々(その2)

 消閑亭です。
 1ヶ月はあっという間です。この間の「高生研な日々」を報告します。
 5月26日に、予定通り「メキシコ料理の会」を行ないました。午前10時にわが家に集まって、『高校生活指導』青木書店刊最終号の校正をやり、午後から、メキシコ料理をつくるという催しです。
 だいたいの方は我が家が初めてではないので、自力でたどり着けるのですが、MSさんは、忘れてしまったとかでとんでもない方に行ってしまいました。そんなこともありましたが、10時半頃には私を含めて9人が揃いました。
 ttさんとmkさんと私は厨房で料理係です。ほかの6人は校正です。KTさんは編集長にして本号の実務担当なので、もう読みません。したがって実働部隊は5人ですが、そこはプロのkyさんがいるので、順調に進みました。
 校正が終わったのは1時前。その頃には近くの学校で部活指導を終えたKTさんも現れ総勢10名に。しかし、文化祭指導が待っているというUOさんは残念ながら早退。出来上がったばかりの料理をかき込んで学校に向かいました。
 料理をつくるのはけっこう大変でした。10人分の料理というのは相当な量ですし、厨房が広い訳ではないので、手間取るのです。でもうまくできました。
 1時から5時ごろまでわいわいやりながら、楽しい会となりました。ただ残念なのは酒飲みのFSさんが腰痛になり、クルマで来たことです。1ケース2ダース用意した銀河高原ビールも余ってしまい、お土産に持っていってもらいました。
 6月10日は日曜日なので、8日金曜日に『高校生活指導』が印刷所から届きました。いつもならその日のうちに発送してしまうのですが、いろいろとやることがあったので、発送は日曜日になってしまいました。でもこれで定期発行です。自前で発行するようになってから、1回も遅れたということがありません。すごいでしょう。
 ちなみに定期購読者には前日の土曜日に発送しています。桶川高校からUOさんらが発送業務を行いました。
 『高校生活指導』の最終号を無事発行し終えたあとは、『全国通信』の最終号と、『東京大会研究紀要』の制作です。
 現在、『全国通信』は、ほぼつくり終えており、あと3本の原稿を待っている状況です。
 また、『東京大会研究紀要』は、つくり始めたところです。まだ入っていない原稿が一般分科会1つと、問題別分科会4つ、それに全体会のコメントが2つです。至急お願いします。
 今週の土曜日は、千葉高生研の例会があります。たぶん、これが最後の例会になると思います。10月には解散パーティをやる予定です。

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京都例会の経験から

東京大会終了時点で500人の会員をめざそう!(引き落とし会員の現状は338人)
新高生研仮事務局長の藤本です。
この5月の全国委員会の場では、今夏の東京大会終了までに会員を500名にしようと目標をたてました。(厳密な決定ではありませんが。)
現在、銀行引き落としの会員は現在338人です。新高生研の会費納入方法は、銀行引き落としのみとなります。現金会員が95名いますが、銀行引き落としの手続きをしてもらうことはなかなか容易なことではありません。また今後4年間で退職する会員は150名です。そのような現実の中での目標500名です。
もちろんなによりも現金会員の人に引き落とし会員になってもらうことが大切ですが、今後のことを考えると新しい若い人に会員になってもらうことも大切です。
京都例会では7人が会員の申し込み
4月末に竹内常一さんを迎えて行われた京都例会では、なんと7人の方が会員の申し込みをしていただきました。
例会では、このようにしました。会員になってくれる人には申込用紙を書いてもらいます。申込用紙を書いた人には、当時の最新号であった192号を贈呈します。さらに私が持っていた機関誌のバックナンバーもプレゼント。銀行引き落としの手続き用紙と京都高生研が用意した返信用封筒を申し込んだ人に渡します。後日、その手続き用紙に銀行の通帳の印鑑を押してもらって返送してもらうというやりかたです。
現在、4人の方の手続き用紙が返送されているとのことです。
申し込みと承諾で契約は成り立つ

実は、私は2月頃、全生研のリニューアルした機関誌の定期購読を申し込んだのですが、申し込みのメールを事務局に送ると、購読を申し込んだその機関誌と銀行引き落とし手続きの用紙が同時に送られてきたのです。機関誌が来たからには引き落としの手続きをせざるを得ない。というか、申し込みをして、相手(全生研事務局)が承諾したのですから、そこで契約はすでに成立しているのです。だから機関誌が送ってくるのは当然のことで押し売りでも何でもありません。しかも手続きがもたついたのですが、そうすると事務局から丁寧な催促のメールが来ました。これも当然と言えば当然。この経験を京都の例会のときに少しアレンジして使ってもらったのです。
お金はあとから、まず申込書を書いてもらう。(無理強いはダメですよ。)それで契約は成立です。
京都高生研の丁寧な取り組みがあったからこそです

もちろん例会自体にたくさんの参加者があったのですが、そのための入念な準備を京都高生研がされていたことも会員が増えた大きな要因だと思います。また例会当日の京都高生研事務局の柔らかい運営の仕方も大きいでしょう。そのあたりの取り組みは京都高生研からの報告にゆずります。
まだ新高生研の機関誌はできあがっていませんから、現時点の会員申込者に新機関誌を送ることはできません。東京大会までの会員申込者には今の最新号の193号を贈呈します。このことは全国委員会でも了承済みです。京都方式をやってみようというみなさんは、info@kouseiken.jpまでご連絡ください。
事務局だけの力では会員拡大は難しい。皆さんの力が必要です。

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遂に7月例会の詳細がベールをぬぐ・・・

大阪・サトウです。
大阪高生研で「S藤」と書けば、「シュトウ」さんなのか「サトウ」なのかわからないけど、もう1人、大阪には「サイトウ」さん(20代・女性)もいるんです。
大阪高生研7月例会は、その、サイトウさんが担当してます。
<以下>
きのうの6月例会(「ぴらいち例会」)に続き、7月例会は7月31日(火)に行います。
1月例会に講演をしていただいた、埼玉県立浦和商業高校の平野先生が、定時制太鼓部から派生した太鼓集団「響」と、再度大阪へ来てくださいます!
日時:7月31日(火)12:30~16:30(予定)
場所:大阪市鶴見区民センター小ホール(地下鉄鶴見緑地線 横堤駅すぐ)
内容: *「響」による太鼓教室
    *「響」太鼓講演
    *「響」と参加者のお話会
「生徒が主人公」の学校で行われた実践を、生徒の目線から語られる言葉でききませんか。
***
先日、「響」の代表者が大阪へいらっしゃって、ホールの下見と打ち合わせを行いました。
私自身、例会の企画は初めてなので、メールのやりとりだけでどれだけ伝わっているか不安でしたが、今回直接お会いして話ができたので、7月へ向けて大きく前進できた実感を得ました。内容は先方におまかせ、の部分も、できるだけ具体的に話をきいておきたかったし、こちらの要望で譲れない部分は何かをはっきりさせることができたので、いい機会でした。
高生研の例会として、開催のねらいと、「響」の皆さんの公演への思いを両方参加者に伝えられるよう、がんばります。7月例会、ご期待下さい!!
                       (斉藤)
東京大会受付・千葉高生研より

 東京大会の申込者数が44人になりました。常任委員や全国委員などでまだ参加申込みをしていない人がたくさんいます。多忙なこととは思いますが、至急お申込下さい。

群馬7
千葉5 
熊本4
秋田3 東京3 大阪3
北海道2 埼玉2 三重2 滋賀2 沖縄2
青森1 福島1 茨城1 山梨1 長野1 静岡1 愛知1 京都1 鳥取1

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ヘルプ~心がつなぐストーリー~

遅ればせながら、本年度アカデミー賞作品賞ノミネート
主演&助演女優賞Wの3ノミネートの
『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』を観てきました。
1960年代といえば、私の中ではしっかり「現代」です。
アメリカで黒人差別が残っていたという「歴史的事実」があったことは
知識としては知っていても、
どうも体感として、感じられないというのが正直なところでした。
でも、「黒人と同じトイレを使うと衛生上良くない」というような
なんの根拠もない主張が、立派なものとして認められ、
法とされるなどという不条理なことが
普通にまかり通っていたというエピソードに
なんともやりきれない胸苦しさを感じました。
しかし、大切なのは、そんな信じられない状況から
現代の(完全とはいえないまでも)状態まで改善できたのは
この映画に出てくるような、
一人ひとりの勇気ある訴えが実を結んだからでしょう。
この映画の公式ウェブサイトのプロダクションノートには
テイラー監督の感動的な言葉が綴られています。
http://disney-studio.jp/movies/help/productionnote01.jsp
小さな主張が、世界を変える力をもつようにするために必要なことが
垣間見えるような作品です。
夏の大会のシンポジウムでの私の話の中で、
この作品のエッセンスが活かせるといいなと思っています。

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新編集長よもやまばなし②―新機関誌名をめぐって―

 こんにちは。新高校生活指導「18歳を市民に」編集長 井沼です。早いもので前回のブログからもう1ヶ月経ってしまいました。前回は新機関誌のデザインの話でしたが、実は出版社とのやり取りでもう少し手直しすることになっています。市販を継続するとなった以上、市場の原理に晒されます。運動団体の論理だけなら「いかに納得できるものを作るか」だけで済みますが、市場の原理に晒されるとなると「いかに売れるか」(ある意味、「見せ方」の勝負)も重要です。青木書店からの発行が193号までとなった時から、市販継続か、部内誌かの議論を何度も行い、大阪のSさんの尽力もあって教育実務センターからの発行継続が決まったわけですが、決まった以上、納得がいくことと売れることの両方追求が至上命題になるわけです。これはなかなか緊張感があります。
 さて。今日は、新機関誌名が決まるまでのお話。表紙デザインの一新と併せて、新機関誌名も洒落た横文字含めて、たくさん案がありました。たとえば…
 pratique(プラティーク) *「実践」を意味するフランス語
 vivo(ビーボ)    *「生活」を意味するラテン語
 citizenship(シティズンシップ)
など。
 僕個人としては、横文字なら明るいイメージの「vivo!!(ビーボ)」でしょう、と密かに思っていたのですが、「何の雑誌かわからない!」という意見が相次ぎ、あえなく却下(笑)。 
 やっぱり、そもそも新機関誌のコンセプトは何なのか?という議論の積み上げが大事ですよね。編集委員会は何度となく、機関誌のコンセプトについて話し合ってきました。
 「子ども・青年と生活をともにするという視点をたいせつに」
 「生活指導実践研究誌としての性格をしっかりとおさえよう」
 「すごい実践からちょっとした実践まで、複数の声を響かせながら魅力ある分析を」
 「若手のかかわりを考えて、意識して」
 「教師と市民がつながる機関誌を」
などなど。
議論の中からいくつかのキーワードが生まれてきました。
 「改正」教育基本法は、生活が文化を創り文化が社会を作りかえていく生活指導実践の法的表現ともいえる旧教育基本法第2条を削除し、統治としての教育を押しつけようとしています。このような時代に、私たちは、生活指導実践を地道に掘り起こし、記録し、多様な声によって読みひらいていくような機関誌がほしい。そして機関誌を通じて、高校生・若者の側から生活づくりを模索している先生や市民が出会い、オルタナティブな教育実践の物語に学びながら、エンパワーしていきたい。新機関誌のコンセプトはそんなところに集約されていったのでした。(つづく)
会員拡大作戦
岸田です。
会員拡大作戦の一つとして、
写真のようなものを210つくりました。
リーフ印刷は田中さん、封入は西村さん、実務は瀧内です。
大会要項もいれました。、申し込み書も。
DSC_0043.jpg
次号の機関誌発送に、
直接購読の方と、
現金会員の方に、
同封していていただくよう
内田さんに
お願いしました。
増えるといいなあ!!

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とりあえず“伝家の宝刀”を捨ててみた

 4月の定期異動で学校が変わり、2年ぶりに担任を持つことになった。1学年3クラスの小さな学校で、担任以外の分掌も多く回ってくることは予想されたが、人権教育主任、図書部長、保体環境部(保健部と環境部が一緒になった部)、吹奏楽部顧問、アーチェリー部顧問ときたから驚いた。とにかくどこでどううまく手を抜き、かつ「意味のある」仕事をしていくのかを考えながらの毎日である。
 4月当初からクラスで起きたことと言えば、入学式翌日の朝から殴り合いのケンカ、真面目な生徒があまりの授業中のうるささに耐えきれずものすごく大きな音を立てて飛び出し行方不明になったり、クラス内での盗難、入学式当日から休んだ生徒がいて保護者とも連絡も取れない状態が3週間ほど続いたり、中間テストの最中にふざけて咳払いや机を指で鳴らしての妨害行為(4人が保護者を呼び出しての教頭・生徒指導部長による説諭)、授業中に連続して何人もの男子生徒によるジュース飲み(教科担当が私に訴えてきた)などなど、ここには書けない警察沙汰のこともあったりが続いた。それらのことに『ピンチはチャンス』『困らす生徒は困っている生徒』『生活が指導する』『個人ではなく集団の問題として考える』など、高生研で学んだことをフル動員して臨んできた。と書けば格好はいいが「手抜き」の毎日である。
 朝は7時に出勤し、夜は7時、8時、遅いときは10時まで学校にいなければ回していけない日もあった。2週間ほど微熱が続き、先日は熱発39℃でうなされた。
 「手抜き」の一つを紹介する。これまで担任をしていたときは、日刊で学級通信を出していた(高生研から学んだことのひとつ)。ある先生は通信のことを「伝家の宝刀」と呼び、私もそのクラスに与える効果・影響は大きいものと信じ(今も)、多くの場合楽しみながら書いていた。生徒の成長や変化、生徒同士の関係性に視点を当てて書かれる通信は、生徒同士、保護者、そして私を含めて「学び」のある空間をつくり出す媒体であった。しかし一方で、「文章嫌い」の私にはときに大きな苦痛を伴う作業でもあった・・・。
 現在、入学式から1ヶ月以上が過ぎた。出した通信は入学式のときに出した1号のみ。それ以降は出していない。
 ただ、その代わりにやっているのが「学級日誌」の活用。きっかけ(ヒント)は2つある。1つは熊本高生研のF川先生の授業ノート。毎時間、交替で生徒に「その日の授業内容・感想・質問など」を書かせて、次の授業の最初でそれを皆の前で読みあげ、それに対して先生がコメントをするという応答のある実践。もう1つは、熊大のS石先生がよく「学級通信を毎日出すなんてものスゴイ労力が必要じゃないですか!担任業務がただでさえ大変なのに本当によくやりますよね!日刊通信の主旨や意義は分かりますが、もっと他の方法はないのですか」というようなことを言われていて、「確かにそうだなぁ」と思っていた。
 とにかく通信でやっていたことを「学級日誌」でやっている。なかなか生徒は書かない子(書けない子?)も多いので、応答のある実践にはなっていないもののこれまで通信で書いていたことを気軽にバンバン日誌に書いていっている。それを必要に応じて朝や帰りのSHRで話す。これはやってみて、思ったよりうまくいっているように感じている。熊本の学習会で報告して分析していただけたらなぁ、ともくろんでいる今日この頃です。
                                       (田中克樹)
東京大会の受付、千葉高生研からのお知らせ
 5月28日現在の大会参加申込数は24人です。県別は下記のようになっています。
大阪3
北海道2 千葉2 埼玉2 東京2 滋賀2 沖縄2
青森1 秋田1 群馬1 長野1 愛知1 京都1 三重1 鳥取1 熊本1
 まだ、参加申込書などが届いてない支部が多いと思いますが、届きましたらなるべく早く申し込んで下さい。なお、ホームページ上にまだリーフレットと申込書がアップされていません。原稿が揃わないようで困ったものです。揃い次第掲載されると思いますので、そちらもご利用下さい。

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最後の高生研な日々

 消閑亭です。
 5月12日・13日に開かれた全国委員会で、ある人が「高生研の仕事がなくなったらどうやって毎日を過ごすのか」と、いらぬ質問をしてきた。心配無用である。というよりも、早く、高生研の仕事がなくならないかと願う日々である。
 5月はけっこうな忙しさであった。
連休のはじめにようやく「高校生活指導」の青木書店刊行版最後の号(6月10日発行、夏号)に掲載する「論文」を脱稿した。「論文」というより「老年の主張」のような駄文であるが、興味があったらご笑覧いただいきたい。題名は「後期戦後における教師のあり方」。
 この最終号では、当然今まで連載してきた「消閑亭緩々日記」も最終回である。これを書き上げ、自分で印刷所に入稿したのはまだ先週のこと。
 思えば、この連載は、現役中の2003年秋号から「今季の3冊」として始まった。3年間12回続き、退職した2006年秋号から現在の「消閑亭緩々日記」となった。それが6年間24回。合計で9年間36回の連載となった。
 皆さんの応援があって何とか続けることができた。
 先週末には千葉高生研の「会員通信」をつくり上げた。春のゼミや全国委員会の報告など16ページである。土曜日に発送したので今日あたり着いたであろう。この「会員通信」も年間4回、休まずに発行してきた。今回の号が最後から2回目で、8月には最終号になる。私がつくるのが最終ということでなく、千葉高生研は8月で解散するので、本当の最終号である。
 その最終号には、千葉高生研解散パーティを10月に千葉市内のホテルで開催することを告知した。その予約をとったりするのも結局、閑人と思われている私の仕事である。本当はそんなにヒマなわけではないが、まぁ、現役の諸君よりもヒマだろうということでこういうことになる。
 さて、今週末は、「高校生活指導」最後の常任委員会校正をわが家でやることになっている。Kさんが制作し、校正済みのものを、念を入れてみんなで見る作業である。これを午前中に行い、午後からは、最後ということで、「メキシコ料理の会」を行うことになっている。TさんやFさんが腕をふるって、メキシコ料理を作ってくれるのである。
 こんなふうに、毎日けっこう忙しい「高生研な日々」である。
 6月に入っても、「全国通信」最終号、東京大会「研究紀要」、さらには最後の「高生研総会資料」の作成と続く日々が待っている。
 もうすぐ来る解放された日々に思いを馳せながら、もう少し頑張る所存である。
 ところで、皆さん、早く東京大会に申し込んでほしい。現在、申込人数は22人である(たぶん)。
 もっともまだホームページにリーフレットや申込書が掲載されていないので、どうやって申し込めばいいんだ、という感じかもしれないが…。

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東京大会でお会いしたいですね

 元気ですか。
 先日、京都高生研の例会に出席しました。場所は、2013年に全国大会が予定されている素敵な校舎の同志社高校です。そこで、出会った先生たちの苦闘が忘れられません。生徒を管理統制することに疑問を感じて大学院で学んでいる先生、見知らぬ土地で緊張していた若い先生、梅酒が好きだと言っていた先生、高生研の集会にはあまり行ったことがないけれど『高校生活指導』は読んでいるという先生、東京大会でお会いしたいですね。高生研の全国大会は、自前で費用を負担してみんなで作る大会です。だから、誰もが対等に遠慮なく言える関係ができます。
 1日目は、熟議民主主義について学びます。ちょっと難しそうですが、大丈夫です。どうしたら実りのある話し合いができるのかを理論的・実践的に学べるのです。続いて、埼玉と沖縄の教師から、生徒を市民にするための実践的な提案、これにコメントするのは、北海道、青森、東京の研究者と教師です。200名余の参加者が楽しく明日からの仕事に役立つ意義ある話し合いをします。そして、交流会は、どれに出ようか迷うほどの魅力的なものばかり、おいしいお菓子をいただきながらセクシャル・マイノリティの方と多様な性を語り合う、居酒屋で自分の夢と高校の幸せとは何かを語りあう、東京の元校長先生の教育改革のお話、「もやい」に出かけて若者の居場所論を聞く、熟議民主主義の続きを語りあう、高生研を誕生させた一人の竹内先生のお話、交流会は参加者がこの指とまれ方式で作れます。
 久しぶりに会いたいですね。手作りの梅酒を持っていきます。             望月

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8月11日(土)の高生研 東京大会に参加します。

皆さんは「大西忠治」を知ってますか?
今年3月に開催した、群馬高生研 春ゼミで初めて、松本源太郎が高校23年生で担任したHR実践を発表した。
2年前に「核のいる学級」を参考にして自分の学級でも作り出してみようと考え、実践してみた報告である。群馬では半日3時間の報告と参加者討議だったため、実践を深められなかった。『班編成について」、『日直の仕事』など新しい発見、利用方法を知ることが出来た。      
全国では一日通しのプログラムであるため、報告と十分に検討が出来るものと楽しみにしている。
・「生徒の教育力の大きさを知り、もっと利用と協力の必要性を知った。」
・「高校生ではなかなかしていない、班づくりというものを新鮮に感じた。」
・「核候補をどう見出し、それを現実的に動かしていくか?」
こんな感想が出されていた。是非、多くの教師、研究者もこの実践を聞き、考え自分のHRでも利用してもらいたい。

                             群馬高生研 稲葉 淳

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「佐藤レポートの司会をして」

玉名工業高校         藤川 秀一
 分析会が始まるやいなや、大阪高生研代表の中村さんが班分けの妙技を見せてくれました。みなさんも活用してみて下さい。
 参加者に年頭の抱負を漢字一字で書いてもらい、何人かにその意味を発表してもらいます。次に漢字の画数の順に一列に並んでもらい、5班に分けるなら「いち、に・・ご」と号令を掛け、5班に分けるというものです。「班分け」一つとっても、これまで大阪高生研は様々なやり方を教えてくれましたが、これはまたユニークな方法です。パクリたいと思います。
 さて佐藤レポートは、20年間ずっと生徒会やクラス担任ばかりを担当してきた「HR派」教師が、慣れない「学年生徒指導主担」をすることになった。近隣有数の厳しい生徒指導が行われている学校で、「軟弱生徒指導主担」は、1年目の若手教師とタッグでどう取り組んだか、という内容です。
 1年目の若手教師とタッグでどう取り組んだかの部分は、学代会議(各クラスの委員長、HR委員が出席)による学年自治の追求、具体的には「綱引き大会」や「球技大会」の自主運営、クラスの「席替えのルールづくり」の取り組み、さらには学年の生徒たちの要求をアンケートで募り、その中から「勉強会」を実現するなど、興味深い内容なのですが、当の若者教師のご都合が悪く、しかも時間的制約もあり、論議出来なかったのが大変残念でした。
 今回の分析会の特徴は、参加者のみなさんの意欲的な質問(レポーターへの聞き込み)によって、佐藤さんの報告そのままからは見えなかった側面が明らかになったことでした。
 例えば、「指導拒否は生指扱い」「頭髪違反は帰宅指導」など、いわゆる「毅然とした指導」は佐藤さんらしくない指導のやり方ではないか、という質問が明らかにした側面は、佐藤さんが生徒や親といつもじっくり話し込み、帰宅指導は極力避けることが出来るよう、事前に粘り強い語り掛けを続けていたということです。その意味で佐藤実践は排除しない実践だと言えるのではないでしょうか。さらに言えばゼロ・トレランス的な学校をまず学年から換骨奪胎していく学校づくりの実践と言えるでしょう。
 また「だめなものはだめ」と厳格に生徒に迫ることの出来る同僚教師が、共に生徒指導に取り組む中で、次第に柔軟な指導もされるようになったのも、異質なものを異質なものとして終わらせない佐藤実践の懐の深さではないでしょうか。
 今年の夏の東京での全国大会では、このレポートがぜひ一日通しの分科会で論議されることを期待します。 以上

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TPPではなくTP参加

                                           東京高生研 上條隆志
教師になったころと今と比べて、一番変わったと感じているのがLHRのあり方です。前はどんな学校でも、LHRは生徒自身のものであり、生徒が自主的に計画を立て実行するのが原則でした。従って連絡はすべてSHRで済ませます。それが、生徒会から降りてきた議題を討議する以外は、進路ガイダンスか教師の講話など大多数が「先生の時間」に変わってしまいました。生徒の企画は、遊びとか、散歩とか、食べ物をつくるなど多くなりますが、それも楽しい。もちろん教師からも提案して討論もしますがあくまで生徒の議決を経てです。私も脳裏に浮かぶのは高校時代の「男女手つなぎおに」のあのほのかなときめきです。
 さて前回に続いて、物理の授業です。生徒からみんなで何かやりたいの声が大きくなってきました。物理のレパートリーには「電気パン」「べっこう飴」「綿あめ」がありますが(クラスで文化祭に物理縁日というのをやったことがあります。メインは黒板消しクリーナーを密かに分解してつくったホバークラフトです。)みんなの意見は、ぜひ学校でたこ焼きをやってみたい、ということでした。うーむ。さいわい物理実験室は強力な電源を備えています。いきましょうか。
 誰か準備を担当してくれるかなの声に答えて、数名の実行委員会ができあがりました。ことは秘密を要します。他に口外せず知られず進めることにします。たこ焼き器数台を家から持ってくる人を決めること、材料、調理器具、石鹸などの調達があります。計画進行状況を共有しなければなりません。黒板で連絡しますが、符牒を決めましょう。タコヤキパーティーの頭文字をとって「TP」でどうか。これには爆笑。以後しばらく流行語となりました。「今日、TP参加についての話し合いがあります」
 さて当日、5時間目なので昼休みから準備開始。数名が近くのスーパーに買い出しに。教室の廊下側は締め切り、においが洩れないように工夫を凝らします。たこ焼き器を囲んで談笑しながらみんなでつくります。いい手つきです。Kさんがにこやかな笑みを浮かべながら「最初に焼いたのは先生に食べてほしいので」と持ってきます。うれしいなあと一口でほおばると、なんとわさびが充填されています。鳴り響く携帯のシャッター音。これが若者の得意ワザですね。チョコレートとかいろんなものを入れています。
 ギターで歌を奏でる2人。「先生の曲を作ったので」と演奏してくれましたが、歌詞がないのでほめているのかけなしているのか分からず。
 私は食中毒を起こしてはいかんと老婆心から「そこまだ早い!もっと焼いて」と注意して回ります。こういう企画の楽しみはいろいろな個性の生徒がそれぞれの良さをどのように発揮するかをみられるところですね。「やっと高校らしい思い出がひとつできました」とはある生徒の言です。

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最新刊いよいよ発刊。キーワードは「スキマ」です。

大阪・おまかせHR研究会です。
「おまかせ」の最新刊、
「クラスがなごんでいい感じ~スキマ時間の小ワザ100連発」
いよいよ6月18日刊行(予定)、東京大会に間に合いました。
以下、「口上~出版にあたって」から。
 東西トーザーイ!

 LHR(ロングホームルーム)の時間、急に「この1時間は各クラスで自由にお使いください」と言われると何をしたらいいのか困ってしまいます――そんな声にお応えし、われら「おまかせHR研究会」が、『担任のアイディア100連発』と称し、「HRレクネタ」100発をご開帳して早や10年。
 昨今では逆に、学校現場は何かと窮屈さが増し、「学力低下」「授業日数・時数確保」などの声におされ、「担任裁量でクラス仲良く楽しむ時間がなかなか取れない」との声があちこちで聞かれるようになってきました。
 しかし、そんな苦しい状況でも、「HR派」教師たちは、各地でそれぞれ工夫をこらし、生徒たちと楽しく、クラスのコミュニケーションづくりに励んでおられます。
 キーワードは「スキマ時間」の活用。
 学校ではいろんな場面でちょっとした「スキマ」の時間が生じることも少なくない。出欠を確認した後のSHR、進路希望アンケートをとった後に微妙な感じで余ってしまった残り時間、どうせ時間いっぱいかかるだろうと思っていたのに思いのほかテキパキと決まってしまった球技大会選手決めの後……。
 「1時間まるまる」は使えなくとも、10分、20分……の積み重ねで、クラスが徐々になごみ、「いい感じ」になっていく。

 大阪発実践交流&執筆集団・おまかせHR研究会がお届けする、「スキマ時間」の活用アイデアが、クラスの「スキマ」を埋めていきます。どうぞご期待ください。

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本の紹介(「つっこみ力」・熊本高生研通信186号から)

おすすめのl冊
   パオロ・マッツァリーノ『つっこみ力』
  (ちくま新書・700円+税・2007年2月刊行)
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 私(福永です)は、県が毎年出しているパンフレット『高校生のための百冊の本』(愛称「BOOKMAP」)の編集委員の末端に位置しているが、編集会議のさなかに「これは笑えて学べるよー」とある先生から提示されたのが、この本である。試しに一読すると、面白い面白い。しかも、どんどん折り目が増えていく(私は線を引く代わりにページの隅を折るクセがある。無論、身銭を切って買った本だけだが)。
 著者はイタリア人と称しているが、どう考えても日本の若手の社会学者だろう(本人は「戯作者」と名乗っているけど)。彼はいう。「学問なんて誰にでもできる、くだらないけど面白い娯楽」、「社会学とは、社会と人間を対象とした究極の雑学」だと。そして、最近はやりのメディア・リテラシー(情報活用能力)なんてよくわからないことばをわかったようなフリして使うよりも、
「つっこみ力」の方がわかりやすいと説く。「つっこむ」ことで、さらに場を盛り上げ、笑いを招き入れることができる。「つっこみ
力」は「サービス精神」と「自己犠牲の精神」が息づいている点で、批判や批評、単なるメディア・リテラシーとは一線を画している。天才や異才が新しい価値を生み出し、私たち凡人は、それに「つっこむ」ことで、さらに盛り上げ、価値を高めていけるのである。
 本書には、世の中の様々な疑問が登場するが、それをいくつか紹介したい。「郵政民営化でなぜ小泉自民党が圧倒的勝利をおさめたのか?」、「根拠のない国民性のイメージ(「イタリアは怠け者、日本人は我慢強い」など)を広めた名著とは?」、「”植民地支配は支配される側にも恩恵がある”という命題は正しいか?」、「ある会社の経営者が”給料を出来高制にすれば、仕事のできる社員はより多い報酬を求めて一生懸命に働くし、できない人もクビになるのを恐れて一生懸命に働く。ゆえに全社員が懸命に働く”といったが、この会社の未来は?」、「テレビのデジタル化は誰がのぞんだのか?」、「缶コーヒーの売り上げは○○○の数で決まる」、「世界一犯罪発生率の高い国は?(アメリカではありません)」などなど。どの問題も「つっこみ力」を活用すればあっさり解決(?)。
 「愛と勇気とお笑い」が「つっこみ力」の三要素。さあ、みなさんも735円持って本屋さんに駆け込んで、世の中を「面白く」(「正しく」ではない)しよう!。
                          (文責・福永 信幸)

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ギャルズの仁義

 一昨年の文化祭での出来事。A高校の文化祭では、オープニングの際にクラスの代表者による出展のPRを行なっている。2~3人の生徒がステージに上がり「1年○組は中庭で縁日をやりますので、みなさん来てくださいッ!」というようなことを言って終わるクラスが多いのだが、最近ではダンスやパフォーマンスを披露するクラスも現われ始めている。
 1年生のあるクラスでは、元気のいいギャルズがPRでパラパラを踊りたいと練習を始めていた。ちょうど同じ頃、2年生のクラスを超えたギャルズ有志も、中庭ステージ(A高校では中庭に鉄パイプとコンパネでステージを組んでいる)で踊るためにパラパラの練習をしていた。そして、それが偶然にも“かぶって”しまったのである。間もなく2年生のギャルズから横槍が入った。「うちらの曲パクッてんじゃねぇよッ!」てなもんである。1年ギャルズは「2年の先輩が因縁をつけてきた」と学年室に駆け込んで来た。2年ギャルズの行為は、明らかに活動への不当な介入であるから「君たちはそれに屈する必要はない」と諭したが、そうは言ってもやはり2年ギャルズは怖い。その時、学年主任は「今後、2年生が同じような圧力をかけてきたら、すぐに先生に言いに来なさい。必ず俺たちは君らを守る!」と言い切った。彼女たちは、口々に「○○先生、カッコイイ!」「惚れる!」などと言いながら学年室を出て行った。その後、両学年の職員が目を配りながらお互いの練習は続き、いよいよ文化祭当日を迎えた。
 ところがいきなりアクシデントに見舞われた。いつも携帯にダウンロードした曲で練習していたのだが、その音源をステージ上で拾うことができないのである。元気よくステージに上がった1年ギャルズは、そこで立ち往生してしまった。仕方なく、次のクラスのPRを先に回したものの状況は変わらない。その時である。2年ギャルズ有志の一人がステージに近づき、自分たちの音源(CDかMD)を1年ギャルズに渡した。“敵に塩を送る”とは、まさにこのことである。何だかとても暖かい気持ちになるような出来事だった。
 さて2年生ギャルズ(その名も『小悪魔愚連隊』)のほうだが、中庭ステージで元気良く3ステージをこなした。残念なのは、その中の何人かが学校を去ってしまったこと。まあ、これが現実である。
片桐哲郎

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紅葉と授業

                                              東京高生研 上條隆志
 久しぶりに高校2年の物理の授業を持ちました。秋になると学校の近くのR庭園の紅葉がきれいです。有名な観光スポットでもあります。
 秋晴れの1日、授業へいって「今日は天気もいいし、R庭園の紅葉が真っ盛りです。で、もし君たちが良ければ野外授業にしたいと思うのですが」といいます。私たちのころはHRや授業で外に散歩に行ったりするのは良くやりましたが、最近の子は学校は基本的に教室で聞くものと思っているので「えっ本当?」「おおっ」と驚きの反応が返ってきます。もっとも物理ではときどき大きな実験は廊下でや野外でやっていますが。
 授業は2時間続きなので行って帰っても時間は十分。玄関前に集合してみんなで向かいます。ここは有料なのですが公立の学校は頼めば無料にしてくれます。「私に任せなさい」といって係員にお話しします。実はLHRでも利用しています。「先生、顔なんですね」と生徒。
 中にはいるとさすがにすごい紅葉です。まずは小広場に丸く集めます。「さてこの紅葉の色はきれいですが、なぜこの色が見えるのでしょうか。日光はすべての色を含んでいますが、黄色く見えるということはちょうどその反対の色を葉が吸収して残った色の光が出てきて見ているわけです。この原因となる色素の分子はカロテノイドと呼ばれる一群の分子です。トマトの赤、カニ・エビの赤、卵とトウモロコシの黄色などほとんどの色はこの分子によるものです。」
 「この分子は炭素が一本の鎖のようにつながっている特別な構造をしています。実はこの鎖は交互に二重結合でできているため、そのうちのひとつの電子が鎖の中を自由に動けます。ちょうど一本の金属の棒のようです。つまりアンテナみたいなものですね。で、この分子の長さが違うと違う波長の色を吸収します。生物のもつカロテノイド分子の長さが、その生物の色を決めているのです」
 「この理論をはじめて作り上げたのはノーベル賞をもらった朝永振一郎です。つまり朝永が人参はなぜ赤いかをはじめて解明したと言えます。」
 説明はここまで、後は十分に自然のすばらしさを感じ取ってくださいと、自由に探索。「おだんごが食べたくなったら××××」。紅葉狩りに来ている市民から「いいわね、社会科見学?」と聞かれて「いいえ、物理の授業です!」とさわやか。
 家に「どこにいると思う?」とメイルしている子もいます。「教育の原点ですね!」という子も。「それほどじゃないけど。」
いろいろ話ながら生徒と歩くのは素敵です。授業ノートにそのときのことを詩に書いてくれた子もいました

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地域で生きる若者、高校生(1) ~地域と若者の距離~

 私事だが、このたび新しい仕事に就くと同時に生まれ育って35年余りのまちから離れることにした。今の家から新しい職場まで1時間あれば通えるのだが、社会教育研究者として、一住民としても地域づくりの取り組みに一度は関わってみたいという気持ちから決断した。今住んでいるような大都市ではさまざまな市民活動やまちづくりが行われていて自分も15年来関わってきたが、地域に何か新しい変化を起こしたりその輪の中にいたり、「地域をつくる」実感はあまりなかった。
 やはり長年住み慣れたまちを離れるのは勇気がいる。きっと、この春地元を離れる高校生も、今日出て行くという段階では寂しい気持ちも出てくるのではないか。私たち夫婦の膨大な書類、本、家具たちを慌ただしく持ち出していく3人の若者たちを尻目に、この文を書いている私がいる。
 先日、急遽ピンチヒッターでとある大学で生涯学習関連の集中講義を引き受けることになった。3泊4日の超強行軍で、しかも2週間足らずの準備期間。その間は膨大な成績付けと、引っ越しの準備や荷物と格闘していたからほとんどぶっつけ本番にひとしい。しかし、そこで出会った学生は久しぶりに見る「素朴」な学生たちであった。都市部の学生にとっては、アクティヴィティですら「飽き」た感があるが、この学生たちは息抜きのゲームを思いっきり楽しみ、夜間中学や日雇い労働、子育て支援など様々な現場の動画を食い入るように見る。そして、ワークショップでは自分たちが持ち寄った地域課題解決のアイディアを納得いくまでじっくり話し合う。「詰め込み」授業に飽き飽きし、新たな学びの世界に期待をふくらませたかつての私たち世代の学生に重なるところを感じ、自然と講義に熱がこもって、予定の半分も消化できなかった。この日帰り合宿3日間のセミナーのような過酷な講義は、学生からの拍手万雷の大団円で終わることができた。
 しかし、そんな学びにまじめな学生たちと地域の距離が離れていることも実感した。このまちは中規模都市で、観光資源も豊か、ベットタウンもあれば、漁業も盛んである。教育でも学習塾通いへの補助など取り組みも様々に行われている。実はこのまちには義務教育を十分に受けられなかった人のための自主夜間中学(ボランティアによる)がある。今月で1期生を送り出すという活気のある教室を見学させていただく機会を得た。高齢者を中心とした和気あいあいとした雰囲気、現役の教師がいつもとは違う教材を使い、熱のこもった授業、こういうのはどこのまちにあってほしいなあとつくづく思った。しかし、この場には学生スタッフは一人しかいなかったのである。どうりで、講義でこの団体の話をしても皆「キョトン」だったわけだ。見学者かつ部外者があまり勝手なことをしてもとは思いつつ、資料にこっそり団体名と連絡先だけ書き、見学をススメておいた。
 私が関わっている自主夜間中学ではかつて15名近くの学生スタッフがおり、受講生やスタッフの関わりで「頼りない」ように見えた若者の良さが引き出され、新卒就職が厳しい今日、続々と教師や公務員、会社員と自分の目標を果たし、旅立っていった。
 ちょっとしたことのように思えるが、高校生をはじめ、若者の元気、可能性を引き出すためには、教師はもちろんまわりの大人たちがアンテナをはり、ちょっとした関わりをすることから始まる。ろくに生身の姿を見ないで、声も聞かないで、「ゆとり世代は使えない」などと言うのは終わりにしようではないか。職場や学校では見せない姿が、違う場を用意することによって見えてくるかもしれない。そんなオルタナティヴを提供できるのは地域なのである。高生研には地域と関わり、高校生の市民としての自立に向けた学びに取り組んできた一面もあり、ぜひ大会や機関誌「高校生活指導」で皆さんにも知っていただきたい。私も執筆の機会を得たので改めて発信する予定である。
(北海道高生研 井上)

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3学期が始まった

 3.11が起こった年にも同じように季節はめぐり、暮れた。そして2012年が幕をあけた。明るくもなく、暗くもなく、ただはじまったように思う。
 教師の仕事季節のめぐりと強烈に連動している。夏休み、冬休み、春休みがあり、その終わりと始まりに始業式、終業式がある。長期休業中といえども、昨今あまり休みが取れない現場であることを自覚はしている。そんな状況でも、「さあ今からどうする?」といった切り替えを迫られる感覚になる。「ならば、何らかの思いを託そう」と、気持ちがまだ湧いてくる。時間は流れ、体の中を巡るものが存在するからだと思う。

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写真は1月7日に行われた油絵技法の実技研修会の様子。県下の高校美術部員80人あまりが集まった。うちの学校からも部員11名を引率。充実感があったらしく、そこそこ好評だった。同じ会場で「美術科授業授業作品展」が4日から7日にかけて行われた。どちらも、三重県高等学校美術の分野において初めての試みであった。
 「今年は何が出来るだろう」と高生研東京大会応援ブログを立ち上げました。思い起こせば、「応援ブログ」が初めてスタートしたのも東京大会でした。あれから7年。 こけら落としは1月3日に船橋さんの文をおねがいしました。緩やかにスタートさせるにふさわしい文章。評判も上々です。昨年、名古屋大会応援ブログの恩返しも込めて、これから少しずつ賑やかに行こうと思います。
 東京大会までは、今からちょうど8ヶ月。様々な語り口で、文章が綴られるていくことを目論みます。乞うご期待!

                                                三重高生研 安藤