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地域で生きる若者、高校生(1) ~地域と若者の距離~

 私事だが、このたび新しい仕事に就くと同時に生まれ育って35年余りのまちから離れることにした。今の家から新しい職場まで1時間あれば通えるのだが、社会教育研究者として、一住民としても地域づくりの取り組みに一度は関わってみたいという気持ちから決断した。今住んでいるような大都市ではさまざまな市民活動やまちづくりが行われていて自分も15年来関わってきたが、地域に何か新しい変化を起こしたりその輪の中にいたり、「地域をつくる」実感はあまりなかった。
 やはり長年住み慣れたまちを離れるのは勇気がいる。きっと、この春地元を離れる高校生も、今日出て行くという段階では寂しい気持ちも出てくるのではないか。私たち夫婦の膨大な書類、本、家具たちを慌ただしく持ち出していく3人の若者たちを尻目に、この文を書いている私がいる。
 先日、急遽ピンチヒッターでとある大学で生涯学習関連の集中講義を引き受けることになった。3泊4日の超強行軍で、しかも2週間足らずの準備期間。その間は膨大な成績付けと、引っ越しの準備や荷物と格闘していたからほとんどぶっつけ本番にひとしい。しかし、そこで出会った学生は久しぶりに見る「素朴」な学生たちであった。都市部の学生にとっては、アクティヴィティですら「飽き」た感があるが、この学生たちは息抜きのゲームを思いっきり楽しみ、夜間中学や日雇い労働、子育て支援など様々な現場の動画を食い入るように見る。そして、ワークショップでは自分たちが持ち寄った地域課題解決のアイディアを納得いくまでじっくり話し合う。「詰め込み」授業に飽き飽きし、新たな学びの世界に期待をふくらませたかつての私たち世代の学生に重なるところを感じ、自然と講義に熱がこもって、予定の半分も消化できなかった。この日帰り合宿3日間のセミナーのような過酷な講義は、学生からの拍手万雷の大団円で終わることができた。
 しかし、そんな学びにまじめな学生たちと地域の距離が離れていることも実感した。このまちは中規模都市で、観光資源も豊か、ベットタウンもあれば、漁業も盛んである。教育でも学習塾通いへの補助など取り組みも様々に行われている。実はこのまちには義務教育を十分に受けられなかった人のための自主夜間中学(ボランティアによる)がある。今月で1期生を送り出すという活気のある教室を見学させていただく機会を得た。高齢者を中心とした和気あいあいとした雰囲気、現役の教師がいつもとは違う教材を使い、熱のこもった授業、こういうのはどこのまちにあってほしいなあとつくづく思った。しかし、この場には学生スタッフは一人しかいなかったのである。どうりで、講義でこの団体の話をしても皆「キョトン」だったわけだ。見学者かつ部外者があまり勝手なことをしてもとは思いつつ、資料にこっそり団体名と連絡先だけ書き、見学をススメておいた。
 私が関わっている自主夜間中学ではかつて15名近くの学生スタッフがおり、受講生やスタッフの関わりで「頼りない」ように見えた若者の良さが引き出され、新卒就職が厳しい今日、続々と教師や公務員、会社員と自分の目標を果たし、旅立っていった。
 ちょっとしたことのように思えるが、高校生をはじめ、若者の元気、可能性を引き出すためには、教師はもちろんまわりの大人たちがアンテナをはり、ちょっとした関わりをすることから始まる。ろくに生身の姿を見ないで、声も聞かないで、「ゆとり世代は使えない」などと言うのは終わりにしようではないか。職場や学校では見せない姿が、違う場を用意することによって見えてくるかもしれない。そんなオルタナティヴを提供できるのは地域なのである。高生研には地域と関わり、高校生の市民としての自立に向けた学びに取り組んできた一面もあり、ぜひ大会や機関誌「高校生活指導」で皆さんにも知っていただきたい。私も執筆の機会を得たので改めて発信する予定である。
(北海道高生研 井上)

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