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とりあえず“伝家の宝刀”を捨ててみた

 4月の定期異動で学校が変わり、2年ぶりに担任を持つことになった。1学年3クラスの小さな学校で、担任以外の分掌も多く回ってくることは予想されたが、人権教育主任、図書部長、保体環境部(保健部と環境部が一緒になった部)、吹奏楽部顧問、アーチェリー部顧問ときたから驚いた。とにかくどこでどううまく手を抜き、かつ「意味のある」仕事をしていくのかを考えながらの毎日である。
 4月当初からクラスで起きたことと言えば、入学式翌日の朝から殴り合いのケンカ、真面目な生徒があまりの授業中のうるささに耐えきれずものすごく大きな音を立てて飛び出し行方不明になったり、クラス内での盗難、入学式当日から休んだ生徒がいて保護者とも連絡も取れない状態が3週間ほど続いたり、中間テストの最中にふざけて咳払いや机を指で鳴らしての妨害行為(4人が保護者を呼び出しての教頭・生徒指導部長による説諭)、授業中に連続して何人もの男子生徒によるジュース飲み(教科担当が私に訴えてきた)などなど、ここには書けない警察沙汰のこともあったりが続いた。それらのことに『ピンチはチャンス』『困らす生徒は困っている生徒』『生活が指導する』『個人ではなく集団の問題として考える』など、高生研で学んだことをフル動員して臨んできた。と書けば格好はいいが「手抜き」の毎日である。
 朝は7時に出勤し、夜は7時、8時、遅いときは10時まで学校にいなければ回していけない日もあった。2週間ほど微熱が続き、先日は熱発39℃でうなされた。
 「手抜き」の一つを紹介する。これまで担任をしていたときは、日刊で学級通信を出していた(高生研から学んだことのひとつ)。ある先生は通信のことを「伝家の宝刀」と呼び、私もそのクラスに与える効果・影響は大きいものと信じ(今も)、多くの場合楽しみながら書いていた。生徒の成長や変化、生徒同士の関係性に視点を当てて書かれる通信は、生徒同士、保護者、そして私を含めて「学び」のある空間をつくり出す媒体であった。しかし一方で、「文章嫌い」の私にはときに大きな苦痛を伴う作業でもあった・・・。
 現在、入学式から1ヶ月以上が過ぎた。出した通信は入学式のときに出した1号のみ。それ以降は出していない。
 ただ、その代わりにやっているのが「学級日誌」の活用。きっかけ(ヒント)は2つある。1つは熊本高生研のF川先生の授業ノート。毎時間、交替で生徒に「その日の授業内容・感想・質問など」を書かせて、次の授業の最初でそれを皆の前で読みあげ、それに対して先生がコメントをするという応答のある実践。もう1つは、熊大のS石先生がよく「学級通信を毎日出すなんてものスゴイ労力が必要じゃないですか!担任業務がただでさえ大変なのに本当によくやりますよね!日刊通信の主旨や意義は分かりますが、もっと他の方法はないのですか」というようなことを言われていて、「確かにそうだなぁ」と思っていた。
 とにかく通信でやっていたことを「学級日誌」でやっている。なかなか生徒は書かない子(書けない子?)も多いので、応答のある実践にはなっていないもののこれまで通信で書いていたことを気軽にバンバン日誌に書いていっている。それを必要に応じて朝や帰りのSHRで話す。これはやってみて、思ったよりうまくいっているように感じている。熊本の学習会で報告して分析していただけたらなぁ、ともくろんでいる今日この頃です。
                                       (田中克樹)
東京大会の受付、千葉高生研からのお知らせ
 5月28日現在の大会参加申込数は24人です。県別は下記のようになっています。
大阪3
北海道2 千葉2 埼玉2 東京2 滋賀2 沖縄2
青森1 秋田1 群馬1 長野1 愛知1 京都1 三重1 鳥取1 熊本1
 まだ、参加申込書などが届いてない支部が多いと思いますが、届きましたらなるべく早く申し込んで下さい。なお、ホームページ上にまだリーフレットと申込書がアップされていません。原稿が揃わないようで困ったものです。揃い次第掲載されると思いますので、そちらもご利用下さい。

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