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色々な思いを抱いて、名古屋大会へ・・・。

弘前の木村です。

昨日8月1日から、津軽の夜空を焦がす「弘前ねぷたまつり」が開幕しました。

東日本大震災に見舞われた今年は復興への願いと、犠牲者への祈りを込めた特別なねぷたまつりとして位置づけられ、開幕前夜の7月31日、特別運行「鎮魂ねぷた」が行われました。道路を川に、ねぷたを灯籠に見立てた灯籠流しの情景を表現した運行で、私も見学してきました。86団体の代表20団体の扇ねぷたが、通常はねぷたをロープで引く大勢の引き手を排し、ねぷた本体とお囃子方だけとし、間隔を詰めて次々に並び運行したのでした。メインストリートに全てのねぷたが並ぶと、運行の列は歩みを止め、一斉に「休み」のお囃子が演奏されました。(お囃子には「運行・休み・帰り」の3つがあります。)ねぷたの柔らかな明かりと、ゆったりと哀切を帯びたお囃子の音色が鎮魂の祈りをささげているようでした。そして再び動き始めたどのねぷたにも、「がんばろう東北」などの復興を願う文字が描かれ、沿道の観客から大きな拍手が送られていました。

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さて、いよいよ名古屋大会。色々な思いでこの大会を迎えます。ひとつは新しい組織への移行について、今次総会において一定の方向性が決定されるだろうと思うことです。この論議のスタートとなったのが2008年の青森大会での総会でしたので、3年かけてようやくやどりついたという思いです。

もうひとつの思いは東日本大震災のことです。退職3年目のシニアとしては大震災の教材化などに取り組む皆さんの報告をうらやましく思うところもあるのですが、あらためて今の自分に出来ることとは何かを考えるきっかけを名古屋大会で得たいと思っています。

2日目夜の大阪高生研企画「東北の仲間の話を聞く」にはもちろん参加です。会員通信の表紙を飾った被災写真の八戸水産高校・田村先生、レポーターで参加の三沢高校・酒田先生も。私はシニアの立場からいくつかお話しやご紹介を出来ればと思っています。ひとつは先日の全国会員通信の大震災特集に掲載された被災地の先生方の報告についてです。今大会に参加できない先生方の思いをお伝えしたいと思います。

また、私は昨年から近くの児童館(学童保育)に非常勤でお手伝いに行っているのですが、そこで出会った大震災の現実についても少しお話が出来ればと。

 被災地福島からお母さんと二人で弘前市に避難転校してきた女の子がいます。お父さんはご商売があり、まだ現地に残っています。市営住宅に入居し、主な家電製品は行政から支給されるとのことであったのに未だ実現していません。この熱い中、冷蔵庫も扇風機もありません。炊飯器は児童館のものをお貸ししました。それまでは煮炊きもままならず、コンビニおにぎりやお弁当だったとのこと。最近は少し緊張も薄らいできたのでしょうか、遊びながら笑顔で福島弁も出てくるようになりました。

次に中学校同期で、石巻市に嫁がれ、ご主人とともに小学校の先生をされたMさんのことです。実は今回第5回目の同期会の開催案内のために、事務局・実行委員会や県内外の方たち23名ほどから原稿をもらい、「三八会通信」(昭和38年度卒なので)を作成発送したのですが、そのなかに、被災地真っただ中のMさんからも原稿をいただきました。ご自宅が高台にあったためかろうじて被災は免れたものの、ご主人は首までつかった津波の泥水の中から危うく脱出。つかの間、翌日停電の中、自宅の階段から転げ落ちて腰骨の骨折。原稿のお願いを躊躇する思いもありましたが、思い切ってお電話したところ、ご主人と二人で渾身の原稿を書いてくだいました。悲しみ、苦しみ、そして希望、思いのこもった3600字でした。長いので削りますとおっしゃっていただきましたが、これは一字一句たりとも削るわけにはいかないと思い、全文掲載しました。Mさんは、書きながら胸が苦しくなり、涙が流れてきたとのことでしたが、それでも私自身救われたことがありました。それは悲しみ、苦しみ、絶望のどん底にあるときに、自分の「心の叫びというか声を発すること」がどれだけ救いになったか、原稿を書く機会をいただき感謝しますというお返事をいただいたことでした。Mさんは事務局スタッフの同級生ということで今回のお願いとなったのですが、団塊の世代700余名の同期生のこととて、お互いにほぼ面識はありません。しかし「ああ、一人でなかったんだ、自分を心配してくれる人がいたんだと思うと、ありがたく嬉しく…。多くの方々の励ましなどで心身ともに傷は癒されてきているんですよ。」とお便りをいただきました。

被災された方々のお話を聞かせてもらうこと、書いていただくこと。それは心に固く閉じ込められた思いを少しずつ解きほぐし、逆境の中にも希望の灯りを見出していくことに

ささやかだけれどもつながっていくのではと、今回のMさんとの交流の中で感じました。

急きょ、同期会出席の有無を知らせてもらう返信はがきに、Mさんへの「応援メッセージ」欄を追加し、同期生の皆さんに発送しました。今できることの第一歩だと思っています。

               青森高生研 木村 一男

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本田由紀氏 分科会紹介 その3

<その2からの続きです>

 しかし、その点はたぶん、本田さんにとっては想定内のことだと思います。 そこで、分科会での本田さんのお話に3つ要望させてもらいました。

 第1は、あえて反論・反発も辞せず提起された「普通科高校の変革」のキーワードである「能力」の捉え方について話してほしい。

 本田さんは、ポスト近代化社会における「能力」概念の変容について、とりわけ、欧米のように職務給が社会の常識にならなかった日本社会における企業的な能力評価の問題点をふまえて分析されています。そして、欧米のような社会的タガがないままに暴走する日本の能力に関する言説を批判し、「能力を飼い慣らす」「タガをはめる」ことを目的として、上記の教育の職業的意義が構想されているからです。

 第2は、「タガをはめる」ためには、教育の職業的レリバンスだけでなく、ヨーロッパで整備されているような分野別・水準別の統一的な「能力」評価・証明制度の整備と、企業組織を横断する形での職務別労働市場の形成が一体となっていかなければならないはずです。なのになぜ、今回は教育の職業的レリバンスだけが取り出され提起されたか、という点です。社会変革と教育変革を一体で提起されたところに、本田さんの主張のキモがあると、私は思っています。

 最後に、本田さんの提起は、ポスト近代化社会において、個々人の能力を不断に向上・更新することによって社会経済への人々の包摂を計る社会政策を踏襲するものであり、かえって「能力」という脅迫に人々を巻き込む可能性があることを、本田さん自身も認めています。普通教育の「普通」とは、そのような能力の多寡にかかわらず、等しく保障されるべき教育とは何かを問いかけるものであったと思います。だとしたら、本田さんの言う教育の職業的意義を育むカリキュラムと普通教育のカリキュラムはどのような関係としてあるべきなのか、を聴きたいと思います。

 本田さんからは、以上の3点について、「分科会で補足する」とお返事をいただきました。これらの点は、本田さんの『労働再審① 転換期の労働と<能力>』(大月書店2010年)を読むとよりはっきりします。分科会に参加しようとお考えの皆さんにぜひお勧めします。

 大阪 井沼淳一郎

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基調学習会@沖縄高生研

 7月最後の土曜日、沖縄高生研で基調の学習会をしました。

 参加者は、仲里、照屋、伊藤の沖縄高生研メンバーに加え

 いつも参加してくださるスクールカウンセラーの神保先生、

 沖生研の喜屋武先生、それから初参加の中学校講師宮城さんという六人でした。

 高校生活指導に載った基調をテキストに、

 私と照屋さんが全国委員で聞いたことを加えながら、

 4時間半の熱い討議が出来ました。

 現高生研、最後の基調にふさわしく、

 今までの高生研の実践のスタイルを振り返る、

 捉え直す意味で必要であると言う事を念頭に、

 発題について分析を深めました。

 書き出しの部分は、高生研においては、

 実践報告と分析を繰り返しているとそれが当然であるように感じてくるが、

 高生研と関わりのない先生達にとっても重要なことであることを再認識しました。

 また、岡山さんの実践報告については、

 上條先生の「平場の参加者が実践報告会をつくる」という発言から

 沖縄高生研での学習会における問題点について話し合いました。

 実践分析において、運営担当者方の鋭い切り口が

 学びを深めてくれるのは確かで、

 沖縄高生研においても、沖生研の喜屋武先生が参加してくださると

 とても充実したものになるのですが、

 私たちひとりひとりが、そういう力をつけることを目標にしようという

 話をしました。

 三章からは、基調の主題にかかわる討論になったので

 実際の基調報告の時に、発言したいと思います。

 

 後、要望として、船橋先生の主張がもっと直接聞きたい、という話がありました。

 報告の際には、是非、船橋先生の熱い思いをお聞きしたいと思います。

 基調学習会をして、全国大会での時間がとても楽しみになりました。

 活発な議論になることを、期待しています。

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充実のラインナップ、「しゃちほこ堂書店」、まもなく開店☆

 

 書籍担当の松尾です。

 みなさん、書籍売り場に名前がつきました。

 「しゃちほこ堂書店」です!!

 高生研担当の14社250種と、正文館可児広見店さんにお願いした60種、合わせて300を超えるラインナップで

 みなさんのご来店をお待ちしています。

 1種類の本につき2冊を基本としながら、5冊または10冊のものあります。

 販売は、6日全体会会場にて高生研担当本と正文館書店本、

     7日は本部近くにて高生研担当本のみ

     8日は本部近くにて高生研担当本と正文館書店本

 を予定しています。

 書籍販売の時間は限られていますが、ぜひ書籍売り場にいらしてください。

 当日、受付にて配布される「しおり」に販売書籍一覧があります。

 ご覧ください。

 いよいよ今週末大会開会、「しゃちほこ堂」もオープンです!

 書籍売り場でお会いしましょう♪

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しゃちほこ堂店主より、追伸

名古屋大会書籍係の松尾です。

先日(7月31日)の追伸です。

今年の書籍は『高校生活指導』のIさんの「消閑亭緩々日記」に紹介された本を

たくさん選書しています。(私は「消閑亭緩々日記」のファンなのです)

Iさんに了承を得て「消閑亭緩々日記」に紹介されている本については、

日記に紹介された文章をチラシにしたものをはさみます。

書籍売り場にてご覧下さい。

それからぜひみなさん書籍売り場に足を運び、本をご購入ください。

ひとり2冊のノルマがあれば完売→なんてことはあり得ませんが・・・・・・。

f:id:kohseiken_nagoya:20110731234711j:image:rightでは大会当日お目にかかりましょう。

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いこみゃあ若者~名古屋の夜、寄ってたもれ~

 緊急告知!! 今大会の交流会に若者企画、登場!

 いこみゃあ若者 ~名古屋の夜寄ってたもれ~

 名古屋の夜を秋田の学生が主催します!

 若手教師のみなさん、教職を目指しているみなさん、

 日々の学校生活の楽しみや悩み、なんでも語り明かしましょう。

 若者の悩みを聞いてくれる「心の若いベテラン」もどうぞ参加ください!

 ここで会ったのも何かの縁。

 秋田の名産品をつまみながらみんなで交流しましょう、寄ってたもれ~。

 

 

 若手による若手のための企画。

 大人数だとうまくまとめるのは大変では?との主催者若手を察して、

 大阪大会で若手交流会を実施した若手ながら経験者の方から、

 ノウハウはさっそく継がれているようです。

 

 若手教師の方や教師を目指す学生さんたちが、同じ目線で悩みや疑問を自由に

 語り合える会になったら素敵ですね☆

 心の若いベテランの方は、ぜひ「若者の語り」をじっくり聞いてくださいませ。

 そしてそっとサポートしてくださると、なおありがたいです。

 情宣紙「ひつまぶし」に続き、ディープな名古屋という感じのネーミング。

 参加者みんなで「寄ってたかって」、

 名古屋の昼も夜も、ディープに学び遊べる場としてつくっていきましょう! 

 京都 岸田康子

 

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東北の先生たちと「震災」体験を語り、記憶する会~2日目交流会~

東北の先生たちと「震災」体験を語り、記憶する会

 ~東北6県の地酒と名古屋の手羽、みそかつとともに~

 

 大阪高生研です。

 3.11から5ヶ月近く。

 この間、大阪高生研の何名かはボランティアや見学に東北を訪れました。

マスコミの報道である程度知っているつもりでしたが、やはり現地の人の話

を聞き、実際に見ることで、自分は「震災」体験をどう記憶するか、が問わ

れる思いでした。

 秋田の教研では「ぴらいち」を通じて、石巻出身の大学生が、自宅や家族、

友人だけでなく、通った小学校もなくなってしまった喪失感を語ってくれま

した。親しい人の死の意味をどう記憶するかは、残った者の生きる意味に

つながる作業なのだと気づかされました。

 何もなくなった石巻や女川では、ビデオカメラを回しながら、正直、絶望的

な気持ちになったのですが、同行したSさんは「4ヶ月でよくここまでがれき

を片付けられた」と、逆に希望を語りました。同じ風景の中にいながら、それ

を正反対のものとして記憶していくこともあるのですね。

 そのSさんが、福島では、以下のように語ります。

 ぼくにとって、今回一番考えさせられたまち、それが福島でした。 

 人々が「普通に」暮らしている。町でたむろする若者たち。通常営業している

商店。見ためまったく、どこにでもある風景です。

 避難圏からはずれた福島市内だから「普通」なのか、それとも放射能が「見え

ないもの」であるからなのか。「わからない」のは最高に不安です。(下略)

 おそらく、記憶とは、自分にとっての体験の意味を考えること抜きには成立しない

のでしょう。「震災」体験を、十把一絡げにして「かわいそう、大変だった」で

終わらせない記憶のあり方、記録のされ方を考える必要があると思います。

 いまなお復興のめどが立たない中、夏の大会には、大変な思いをされたであろう

東北の先生たちが参加されます。先生たちの「見た・聴いた・感じたこと・思い」を、

ゆっくり聴かせていただき、「震災」体験を、それぞれの記憶にとどめたいと思います。

(若干量ですが、東北各県の地酒と名古屋名物をたしなみながら…

 コーディネートは大阪です)

 日時:8月7日(日) 18:30~8:30

 場所:ホテルキヨシ名古屋第2(レストラン)

   名古屋市中区平和1-15-22

 TEL 052-321-8188 FAX 052-321-3661

http://web.travel.rakuten.co.jp/portal/my/mapOperation.top?f_hotel_no=926&f_teikei=&f_static=1

 会費:参加費 一般3000円 学生2000円 軽飲食代込み(東北のお酒を飲みながら行います)

 定員:会場の関係で、先着26人まで(厳守) ※8月6日全体会場で受け付けます。

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今でない次、ここでないあの場所と、常に夢を追いかけて行動する人               ~京都より「K先生を偲ぶ」~

 長く高生研の会員でいらして、全国委員をしておられた時期もあったK先生が

先週急逝されたとの報を受けた時は、京都で先生を知る誰もが耳を疑いました。

 昨年3月に退職なさるまでは京都の例会には欠かさず出席してくださっていて、

その柔和な笑顔と穏やかな話しぶりがいつも例会全体にゆったりした温かさを

与えていました。

 長年の念願であった中国四川省の四姑娘山(スークーニャン)という五千メー

トル級の山系の登山に行かれた最中でのご逝去だったそうです。7月17日に

四姑娘山を背景にして撮られた写真には、笑顔で立っておられるK先生がおられ

ました。いつも例会で見せておられた柔和で穏やかな笑顔でした。

 今日の告別式の後に、かつての同僚の先生方が在職中のK先生の姿を語られ

ました。生徒たちが数学を教えてほしくて、先生に質問をするのを列をなして

待っていたというエピソード、不登校の生徒のことで悩んでいた同僚に、社会

全体のありようから現状を考えて生徒の抱えるしんどさに気付くようアドバイス

なさったというエピソード、常にさりげない優しさを周囲の人たちに与える善意

の人であり、好奇心旺盛で夢多き楽天的行動家だった―今でない次、ここでない

あの場所と、常に夢を追いかけて行動する人であった、最後まで自分らしい生き方

を求めていかれた―ということが、語られました。

 62歳という若さで亡くなってしまわれたことが、本当に、本当に残念でなりま

せん。K先生の笑顔を「生徒の生きづらさに寄り添うことが大事」という先生の

ご発言と共に心にとどめていこうと思っています。

                         京都高生研 田中容子

 数日前、K先生の訃報が届いた。昨日、告別式が行われた。

 長年に渡って京都高生研を支えてこられた方で、私の前の事務局長だ。

 1991年、ちょうど20年前、京都滋賀共催での全国大会では宿泊担当として

尽力された。この全国大会は「初の都市型大会」と銘打って、「宿舎自治」をとり

やめた最初の大会であったが、それでも宿泊担当は最もしんどい仕事であった。

400名近い参加者で、全員が宿泊したわけではないが、それでも2つのホテルを

用意しなければならなかった。「K先生が現役中にもう一度京都で大会を」と

密かに願っていたが、私の怠慢でそれができないまま、一昨年、K先生は

定年退職された。これからは悠々自適の生活……のはずだった。

 1991年は大きな転換の年だった。国際的に見れば直前に東側諸国の崩壊、国内

ではバブルの崩壊があった。不登校生が増加を始めたのもこの年からである。そして、

全国大会参加者数も、この年を1つのピークとして減少が始まる。

 高生研を含めた民間教育運動、もっと広げて考えてみれば市民運動の底流には、1つ

の対立軸、オールタナティブな社会のありようを追求する上で、東側諸国の存在は、

モデルとは言わないまでも、精神的支柱にはなっていたのではないか。70年代を

席巻した革新自治体の誕生や共産党の躍進は、その精神的支柱が背景の一つとして

あったことは否定できないと思う。その崩壊に乗じて吹き荒れたのが新自由主義と

いう嵐であった。革新運動を支えてきた世代は抵抗を試みるも、引退年齢に近づき、

かつての輝きを取り戻すにはもはや体力は残っていなかった。

 新自由主義の嵐は、とりわけ、障がい者、高齢者、母子家庭など、公的扶助を必要と

する人たちを直撃した。若年層には安定した雇用を夢物語へと変貌させた。いやそれだ

けではない。アメリカを中心として、崩壊しなかった側の陣営をも、今や深刻で慢性的

な経済危機に陥れた。そして、地球温暖化を初めとする環境破壊の進行、そこに福島原

発。多くの人たちが「このままではやばい」と感じるようになった。

 そんな中、高生研は新たな一歩を踏み出そうとしている。それが目指すものは、

きっと「夢よ、もう一度」ではないだろう。新たな精神的支柱…、でもないのかもしれ

ない。しかし、少なくとも「このままではやばい」の思いは共有できるはずだ。そして、

でっかく考えて、ちっちゃく行動するという我々の戦術を駆使して、「やばい」を乗り

越える手応えを感じたい。それが今年の全国大会だ。(後略)  久田晴生

 <京都高生研では秋号ニュースでK先生特集を組む予定です。そこに続きを

 掲載します。>

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つづきは名古屋!で。

応援ブログ土曜日担当、大阪・サトウです。

来週の今ごろは大会開幕ですね。

さて、先日(7月28日)、大阪高生研7月例会

『「震災」「原発」を教室でどう語っていますか?

    -いま、教師にできることを考える集い-』

 

が行われました。

「いつも」の高生研会員や教師だけでなく、サラリーマン、研究者、学生、お医者さん、ジャーナリスト、新聞記者、アナウンサー……。

 今回の企画は「教師以外」の方が、

「学校、どうなってるんだろう?」

 ということで、注目度が高かったようです(総勢51人参加)。

「当日は班に分けられて意見交換を約10分行いました。全く見ず知らずの方でした。私の班は大学生1名、大学院生1名高校教師1名、大学の先生(かわいい方でした)1名と私でした。その中である高校の先生(名前を忘れました)の発言が印象的でした。

そこで私が感じたことは、「ええ先生おるなー」でした。そのむかし教えていただいて読んだ立原正秋著の「男性的人生論」をそのまま地で行くような方でした」

              (医者)

「大変勉強になる一日でした。その後の懇親会でも、皆様が暖かく受け入れてくださり、様々なお話を聴かせていただき、大変楽しく、様々な学びを頂きました」

               (教師をめざす大学4年生)

いろいろと立場の違う人たちが、

「この状況を前に、大阪の教師がんばってるやん」

との感想をくれ、うれしかったです。

すぐに結論が出るというものではないだけに、これからもいろんなチャンネルの話をきき、議論をし、生徒たちとも語り合っていきたいです。

もう1つうれしかったこと。

「今日の例会につなぐ形で、来週、名古屋で東北の先生方の話をきく会をやります

 とアナウンスしたところ、

「名古屋大会行きます!」

やっと予定の調整ついたMさんや、上記大学生・Yさん、「三木さんの発表は日帰りでも参加しなきゃあ」という中学校教員・Sさんなど、大会参加者が3人ほど増えそうな勢い。

現地・名古屋は参加者目標数目前で追い込みかけていることでしょう。

そろそろ来週のスケジュールが決まってくるころ、まだまだ参加者増やし、大会の盛況を祈念しています。

  (サトウ・大阪(「夜の交流会~東北各県の地酒と名古屋名物をたしなみながら、東北の仲間の話をきく」情報を近日中に載せます))

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震災と小沢昭一的こころ

 東京高生研 上條隆志です。

 震災後にたくさんのエッセイが発表されているが、その最良のものは4月24日の朝日新聞に載った、芸人 小沢昭一のものだと思います。

 被災地の光景を広島の焦土や戦後の焼け跡とダブらせて、あそこから日本は復興したじゃないか、みんなが心を合わせてひとつになってがんばれば大丈夫、日本を信じてるという声があふれる中で彼は「ちょっと違うところがあります」という。

 敗戦後の日本は昨日までの価値観が根底からひっくり返って「ただ『茫然』」とするだけじゃなく、自分の存在の根拠さえ失った『自失』」だった。

「当時はみんなで頑張ろうなんてかけ声もなかった。みんな焼け跡で、今日を生きることで精一杯。てんでんバラバラに頑張るしかなかった。

 

 それまでの一億一心から正反対の「てんでんバラバラ」。この「てんでん」というのは、個人一人ひとりの「自立」なんです。」

 

 そのてんでんを深めよう、バラバラを深めようとするのは大変なことだった。でもその自由を得るために戦争という大きな犠牲を払ったのではないか、と一人ひとりが独立心を持った。みんなで力を合わせて復興はしたのだけれど、自分で考え判断するという宝を大事に握りしめた。

 「だから今回『一致協力』とか『絆』なんてことが強調されるのが実はちょっと心配なんであります。いつかまたあの忌まわしい『一億一心』への逆戻りの道になりゃしないかと」

 原発の問題では、政府・東電の事実隠しはひどいものだった。

 わたしは物理なので3月末に数学の授業をもらって、生徒に事故の内容と見通しを語ったけれど、そのとき既にメルトダウンや今やっと東電が認めたことを、ほとんどすべて話している。ふつうに常識だった。

 しかし大手マスコミは政府東電の発表を垂れ流すばかりで記者会見で質問すらしない。戦後の日本が得たものはどこへ行ってしまったかという感じですね。

 でも今「日本は大丈夫なはずだキャンペーン」に疑問を持った人達が自分で身の回りの放射線を測定し、理性的に議論し考えようとしている。まだ負けてはいませんね。

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本田由紀氏 問題別分科会紹介 その2

 高校普通科の職業的意義を問う―ポスト近代における<能力>と<学力>の変容をふまえて― その2が大阪の井沼さんから届きました。

☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~

 本田さんの提起する普通科高校変革の方向は、

専門分野別の「水平的多様化」、簡単にいってしまえば、普通科高校の教育課程に専門高校に準じたコース制やフィールド選択を導入し、分野別の専門基礎の教育を行おうということです。そうすることの理由を、本田さんは4つあげています。

①その分野に関するある程度の基礎的な能力獲得の実感。

②分野別のカリキュラムの選択を通じた主体的に選択することの「練習」。

③その分野と自己の適性の「すりあわせ」。

④同じ志向を持つ生徒集団内に生まれる有益な相互関係。

 これらを通じて、主体的な選択力量と実質的な能力形成を行うというのです。

 現場教師としては、社会(企業)の要請に応じた人材育成をより強めようというのとどう違うの? と疑問に思うでしょう。本田さんがいう「教育の職業的意義」では、以上のような「適応」の側面と同時に、労働条件の是正や改善のみならず、社会を生きる当事者として生きる姿勢を培う「抵抗」の側面の重要性も指摘しています。ただ、「適応」に較べて、「抵抗」について述べる本田さんの主張は、一般論の範囲を出るものではないようです。やっぱり、「抵抗」より「適応」を重視しているのだと思います。

 だとしたら、分科会では、現場教師からの反論が出て侃々諤々の議論になりそうです。多くの場合、現場でのコース制などの多様化は、学校の生き残り戦略として進学率または就職率上昇の隠れみのに使われるに過ぎないことを、現場教師は身にしみて感じていますから。(その3につづく)

☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~

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「ここには学びの本質がある」~問題別分科会3へのお誘い~

 問題別分科会3

 「探究学習を通した高校生のアイデンティティ形成」

  高橋亜希子 氏<北海道大学>へのお誘い

 千葉高生研 渡辺 実です。

 ここは問題別分科会なのですが、実践報告のような形で行います。

 高校2・3年生において、1年半をかけて総合学習として、担当の教員にアドバイスをもらいながら個人研究を各自が行うA高校の卒業研究。

 2・3年1単位。必修得科目。こんな学校は全国的にもあまりありません。

 ある意味、特殊と言えるでしょう。でも、「特別な学校の特別な学び」と片付けられないところにこの分科会の価値があります。

 K子は悩みに悩みます。うだうだします。ぐたぐたになります。

 自分が本当にやりたいテーマがなか見つからず、担当教員からも突き放されて、研究も進まず、……。ついには卒業なんてもういい!という気持ちにもなったりするのですが、ある出来事をきっかけに彼女は変わり、卒業時には「やっぱり卒業研究のある学校に来てよかった。」と言うに至るのです。

 ここには学びの本質があります。

 

 ちょっとした感動も味わうことが出来ます。

 

 どうぞご参加ください。

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LAST KHS!個性の固まり!

 沖縄高生研の伊藤です。

 一般分科会 HRの日比野歩さんの実践の紹介です。

 

 報告者いわく

 「小規模校ならではの濃密な人間関係(生徒も教職員も)の中で、

  全員で見守り、支え合う体制をつくることが

  いかに大切かを考える実践」

 とのこと。

 私も、4クラス(しかもほとんどのクラスが定員割れ)の

 田舎の困難校での勤務経験があるのですが

 ほんとに教えてても、教えてなくても

 全員の顔も名前も知っていましたし

 誰にどんな彼女がいて、

 どこでバイトをしていて

 家の状況がどんな風かも

 ほとんどの職員が周知していました。

 そういう濃密な関係は、今や珍しいのかも知れません。

 私のもと勤務校も、合併して今や6クラス規模の普通の学校になりました。

 日比野さんからは

 「今年度も3年生を担任していますので、その後の彼らとのやりとりや

  今の学校の状況なども少しお話しできたらと思っています。」

 とのお話も。

 継続した実践の様子が聴ける分科会になりそうです。

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名古屋大会でのサプライズを楽しみに・・・。

もう、2週間前になるんですね。やっと学校も夏休みになりました。夏休みでも、中学生が来たり、補習があったりであまり休み感覚がない毎日です。

今年の全国大会は、特別に意義のある集会になると思います。是非、若者を連れて参加したいですね。ところで、私は名古屋大会には喜んで参加します。よろしくお願いします。

高生研には何度も助けられてきました。教師として担任をやっていきながら悩んだとき、高生研は本当に助けになりました。担任は何をするべきか、担任の心構え。具体的な実践指導など、私が本当に望んでいた学習を常に提供してくれました。教師を辞めたいと思ったときも、高生研の実践や高生研の先生方が助けてくれました。教師のあるべき姿、教師の喜びや生き甲斐、教師として生徒にどう接することが大切かなどなど、本当に教わることが多い研究集会が多かったです。だからこそ、今でも高生研を続けています。酒が好きなので、地元の酒や、風情に触れることも大好きです。

ひょっとしたら、それも大切なのかもしれません。青森大会では、美味しいお酒、美味しい料理、楽しいお酒に拘りました。名古屋でのサプライズを楽しみにしています。

青森  田村 

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名古屋で会いましょう!

 このブログの最初が1月10日でした。寒さと雪の話題でしたが、今は暑くて大変です。もっとも、台風後は寒くて、夜はコタツが欲しかったくらいでした。

 この半年、とてつもない変化があり、半年前ののどかな気分がウソのように思えます。また、名古屋大会まであとわずか。担当するブログも、都合で今回が最後となります。

 よく考えると、自分の分科会の宣伝をあまりしていませんでした。教師生活最後での、最初で最後の発表です。勤務校には27年間勤めました。この間、ずうっと意識していたのが、「どうすれば学校は変わるか」でした。校長は、2年くらいしかいませんから、変えるとしたら相当の力が必要です。学年主任もやりましたが、力不足でまとめることが出来ませんでした。担任となって実績で変化を作ろう、とも思いましたが、他の担任にはあまり伝わらなかったようです。強烈な個性と行動力のある若手教員が来たときは、「これで変わるかも知れない」と期待しましたが、すぐ転勤してしまい、元の「静けさ」に戻りました。

 そんな中、県の方に「学校を開こう」という流れが出てきました。そういう年齢なのか、そのような企画をする立場にありました。「学校を変える力は、外部にあるのかも知れない。」という思いで、外部の人の意見を聞くと共に、生徒に声を出させる、ということで「フォーラム」を企画しました。この辺のことは、分科会で詳しく報告することになります。いずれ、外部の人を入れるだけではなく、教師も生徒も校外に出る作戦です。

 「学校を開く」というと、有名な実践が数多くあり、何か大変なことのように思えますが、やってみるとそれほどではありません。これが、田舎だから出来た特殊な例か、本当にどこでも出来るのか、意見を交換できればうれしいです。

 また、保護者も大切にしたい、というより、味方にしたいのです。この作戦も検討していただきたいと思っています。同じようなことを考えて実行している方がいれば、ぜひ、話を伺いたいと思います。そんな場が高生研だと思います。「金をかけて」それに見合う以上の収穫を得ましょう。

 では、「焦熱地獄?」の名古屋で会いましょう!   とらぬ狸@秋田

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名古屋大会、交流会ⅠⅡ情報

 アンドウです。

 いよいよ、大会まで2週間を切りました。もう申し込みはお済みでしょうか?

 夏休みに入り、クラブや課外(夏期講座や補習)に追われている方が多いのでしょうか。「震災による遅れを取り戻す」といった流れもあるかも知れません。暑さとは別に、消耗する夏休みにならないことを願うばかりです。そんなときこそ切り替えが大事です。教師自身の英気を養う必要があります。

 民間教育団体の全国大会の目玉はやはり分科会。それを核に大会が構成されます。高生研の全国大会では、問題別分科会と全体会が脇を固めます。全体会の中身は、講演と基調発題。この構成は2005年東京大会以降、高生研があえて選んできた大会内容です。

 そして、もう1つ大切な日程があります。参加者者によってつくられる交流会です。私の感覚では、昼間思いっきり頭を使った分、夜は多くの仲間と語らいゆっくりクールダウンして自分のものにしていく場であるように思います。近年の全国大会交流会は、学習会型内容から、文化探求型、お食事親睦型など、企画発案者によって様々です。単に学習会で終わるだけでなく、そのあと思い思いのグループに分かれて飲みに行くことも多いように思います。

 この名古屋大会の交流会は6日を交流会Ⅰ、7日を交流会Ⅱとして、おもむきを分けて設定しています。

☆8/6交流会Ⅰ 19:00~21:00(各自で夕食を摂って「つどいの館和光」にて)

1.基調を深める    (3階会議室3)

2.原発震災問題を考える(1階大会議室)(定員50)

3.若者交流会(仮)  (2階会議室1)

☆8/7交流会Ⅱ 18:00~     (交流をメインにしたもの中心)

1.東北の仲間に聞く~東日本大震災の現場から~(場所調整中)

2.松下良平さんを囲んで<名古屋コーチン>を (金山:地鶏坊主)

 (時間設定は変更がある場合があります。しおり、大会情宣「ひつまぶし」を確認)

 昨日の記事にある大阪高生研は毎年興味深い交流会企画をやります。今年は、「東北の仲間に聞く」と題し、東北出身の先生から震災以降の現場の様子、悩みや思いなどを語ってもらい、全国の仲間と共有、交流する内容です。(このブログからの発信もあるでしょう)

 大会事務局が企画するものは2つ。「原発震災を考える」と「松下良平さんを囲んで」です。すでに、「原発震災」については中心になる柴原さんがブログに書いています。「松下良平さん」のは、交流会Ⅱに大阪企画だけでは需要が満たされないと奮起して、企画をたちあげました。問題別分科会で報告して頂く松下さんの前泊を、勉強(?)の場に活用し、名古屋飯にもありつこうという一石二鳥の企画です。次の日の打ち合わせをしてから松下さんには駆けつけてもらいますので、名鉄イン金山の直近のお店(地鶏坊主)に18:30スタートを予定しています。

 これ以外にも交流会の企画をまだまだ受け付けます。ぜひ、オープン参加の交流かを企画してください。「交流会があるから、交流会に参加するから、全国大会に参加する」というのも大いにアリだと思います。くれぐれも大会申し込みを忘れずに、交流会に参加してくださいね!

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これはもはや 「京阪和 合同(?)例会」なのか

 大阪高生研7月例会 「震災・原発をどう語ったか、どう語るか」、高校教員だけでなく、 研究者、大学生、「サラリーマン」の方など、部屋定員の36名を突破。新聞社の取材も入ります。

「きちきちは好きじゃない」という首藤事務局長の専決で、60名定員の部屋に急きょ変更(会場は同じ「たかつガーデン」)。

「7月例会ですが、やはり皆さん危機意識が強いからか、声をかけるとたくさん反応が返ってきました……4月例会に参加した2人が、「4月例会もすごく勉強になったので、また参加させてほしい!」と言っています。嬉しい限りです。 初めて参加する院生に、「30人超えたらしいで。やっぱり関心が高いんやなぁ」と言ったら、「そりゃそうでしょう。めちゃくちゃ大事じゃないですか。」と言われました。部屋が大きくなったとのことですので、声掛けをまた再開いたします」

 和歌山大学教員・Hさんから。

 当大学からは、教員2名、学生6名が参加されます。

 和歌山からの参加者は現在9名。

 おっと和歌山乗っ取りか?

 いっぽう7人のレポーターのうち、京都からの報告が現在3本。

「枠が空くなら、ぴらっと一枚程度ですが、Sさんと私の報告もさせていただき、2学期へのヒントも欲しいのですが。京都から、多すぎます?」

 と、京都のKさんから。「多すぎますぅ!」。

「このままでは他県に乗っ取られます。どうしましょう、中村代表!」

 との報告をきき、中村貴彦代表が動いた!

「7月28日は「プレウォーク」つきだ!」

大阪にある安政南海地震の石碑。1854年(嘉永7年、改元で安政元年)11月に発生した地震とそれに伴う津波によって犠牲になった人々の慰霊と、後世への戒めを語り継ぐことを目的としてのが、「大地震両川口津浪記石碑」

7月例会の前に、この石碑を見学しませんか。場所は浪速区幸町3丁目、「大正橋」の東袂。7月28日(木) 午後2時15分 木津川に架かる「大正橋」の上流側の歩道 に集合してください。

「大正橋」へは大阪環状線 大正駅下車 ドーム方向へ歩いて3分

地下鉄鶴見緑地線 千代崎大阪ドーム前下車

阪神なんば線 ドーム前下車 地上に出て歩いて3分。   案内は 中村貴彦

 この報をきき、いま、大阪では「12時に大正に集合し、大正沖縄ストリートで昼食ツアーだ!」との「プレ・プレ企画」の話も。

「報告は京都にまかせて、大阪はプレ企画に専念や!?」

 例会参加者に「一緒に名古屋に行こう。「交流会:東北の先生たちと「震災」体験を語り、記憶する会」は大阪高生研が担当します」と宣伝もしっかり「します。

 

 大阪の報告等は、日々新情報披露の大阪高生研ブログをご覧ください。

http://osaka-kouseiken.cocolog-nifty.com/blog/

◎大阪高生研7月例会 「震災・原発をどう語ったか、どう語るか」

▼7月28日(木)3:00~8:00

場所:たかつガーデン

〒543-0021

大阪府大阪市天王寺区東高津町7-11 06-6768-3911

▼第一部 3:00~5:30

「授業の中で震災と原発をどう語ったか、どう語るか」

▼第2部 6:00~8:00

 フリージャーナリストの西谷文和さんを招いて、西谷さん製作の原発問題DVD(タイトル未定)視聴と第1部を受けての討論

●会費 会員無料、一般参加(会場費・資料代)1,000円 学生500円

「第1部」「第2部」とも充実の内容。30分の休憩をとって、たっぷり3時から8時までの予定です。(もちろん、その後に西谷さんまじえての懇親会も)

どなたでも参加可。「1部だけ」「2部だけ」の参加も可能です。

 参加される方はぜひご連絡ください。

taikanokaisin@kd6.so-net.ne.jp(大阪高生研事務局)