に投稿 コメントを残す

サークルつれづれ≪1≫  京都から…

 岸田です。京都高生研の事務局をお受けするご縁がありまして…と、私の職場とは別の私学に勤めておられる大先輩にお話しました。私事で恐縮ですが、ちょうどその秋、私はすごく大きなお別れを経験し、何かしていなければかなしくてかなしくてたまらないという時でして、その先輩が心配してお手紙を下さったのでした。そして話が教育サークルに及び、これまで「高生研」とは深く関わられてはいなかったのですが、10回ほどの連載になるでしょうか。このたび、原稿を寄せてくださることになりました。その一部を紹介させてください。

~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~

 教研のサークルというと、「居酒屋教研」がよく言われます。半ば冗談で、あるいは誇大な言い方として触れることがありましたが、本当にそれを実感したのは、十年前の金沢ででした。

 私フェス(私学フェスティバル)の会計をしていた時、HさんやIさんに勧められて、金沢の父母懇主催の会に京都私学フェスティバルのことを話に出かけました。案の定話は不出来で、どうしていつもこんなに下手なんだろうと、いやになります。金沢は私の郷里(富山県)がその文化圏に入っているなじみの町ですし、一泊して皆さんとご一緒しようと思っていましたので、5時過ぎからの20人余の懇親会に参加し、二次会のカラオケにまで行きました。金沢は楽に日帰りできる町だからでしょう、大概講演者はすぐ帰るそうです。懇親会に参加した私は、すごく喜ばれました。夜の10時ごろ、すっかり酔った先生がホテルまで道案内してくれました。

 その懇親会には、私学教員、大学の人、父母などがおられましたが、こうやって集まれる学校は、ほんの二、三校だということです。いつも同じ顔触れともいえるでしょう。その先生方が、私らはこんな居酒屋でしか教研ができないんですよ、と真顔で言いました。毎月とはいかなくても、ほんの数人が寄って、B5一枚でいいから何か話題を持ってきて、呑みながら話すのだそうです。それはとても貧しい状況であると、やや卑下したような口ぶりも混じります。当事者としての思いは分かりますが、私には、それはとてもいい集まりで、豊かなものを感じました。幾つも私学はあるはずですが、どうしても二、三校の人にしか広げられない中で、続けられています。続けられている限り、どんな可能性が次に生れてくるか、私には楽しみに思えました。そして、本物の「居酒屋教研」に出会ったのだと思いました。

 隣の富山県、私の郷里は、どうなのでしょう。寄り集まることができなくて苦しい思いをしている先生が多いのではと、勝手に想像しました。

 何も大仰に言うこともないかもしれませんが、ある方向から光を当てると、やむにやまれぬ集まりに違いありません。以来、サークルのことを考えると、いつもこの時の様子がまず思い浮かびます。(つづく)

~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください