久田晴生
高生研の意義について、2回目です。
4月初旬、愛知県内の不登校父母の会に参加する機会がありました。参加者の多くは、ご自身のお子さんが不登校を経験している、あるいは今不登校中という方です。その話し合いの中で、主催されている方がこの会を指して「自助グループ」という言葉を使われたのです。ハッとしました。
「自助グループ」という言葉は(ご存じの方も多いと思いますが)ダルクの実践を読むとしばしば出てきます。自分の中でも意識していたつもりだったのですが、この不登
校父母の会で聞いて、久しぶりに出会ったように感じたのです。
4月24日、愛知と岐阜で合同の例会を初めて行いました。これを始めようと思ったのは、前回お伝えした全生研の例会(これ自身も自助の意味をもった例会でした)に刺激されたのがきっかけですが、「自助グループ」という言葉を聞いて、高生研の例会にも自助の意味があることに気づかされた次第です。つまり、互いに経験を交流することで、すぐには解決できないかも知れないが、生きる勇気を分かち合うことができるのではないかと。
「何を今更と」とおしかりを受けるかもしれませんが、あらためて、各地域で地道に例会を開きましょう、と呼びかけるものです。