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現地「東京」についてちょっと考える

 いろんな事物が東京に集中しているので、つい東京がスタンダードだと思い込み、東京がいかに特殊であるか、一般的にはあまり考えないのかもしれない。私のような山の手(正確に言うと山の上)の住人からすれば、東京というマチには、ガマンのできないほどの違和感をときおり覚えるのだが、そんな自分も住んでいると馴れてしまっていたから不思議なものだ。
 土曜日、長野の革新懇の学習会で、大阪の状況について、大阪教育文化センターの山口隆氏の講演を聴いた。聴いていて少々元気になったのは、マスコミの誇張した報道とは裏腹に、あんなことやってたら民意はすぐに離れ、政権与党などつくれるはずがないという確信を持ったことだ。大阪のSさんからのメールでも事の重大さは認識しているつもりだが、どんな勢力が何を企んでやっておるのかをじっくりと考えてみる必要があると強く感じた。
 山口氏の講演によると、橋下・大阪維新の会の特徴は、「競争の教育の強制」と「強制の教育の競争」であり、新自由主義的教育改革と復古主義的教育の醜い結合がその本質だという。だから、「つくる会」のメンバーとか、ネット右翼などが群がるのかと思うと頷ける。しかしながらそうした勢力は明らかに少数派だ。大阪維新の会を支持しているのは、多くの大阪府民なのである。会場からは、大阪市民アホ論まで飛び出したが、山口氏は、大阪府民は反権力的な気風を持つので、二大政党論に辟易とした多くの市民が何かを変えようと票を投じただけ。本質を見抜いて投票したのではないと応答していた。
 と、そこまで聴いて、東京の石原知事に思いをはせる。似たようなな教育管理を押しつけてきて、それに対して市民の反対運動が広がらないのはなぜか。「東京の状況が全国に広がる」などといっている市民活動家に「そんなことは絶対に起きないよ」と内心思ってしまうのはなぜか。
 田舎者が東京で生活してみるとわかるのだが、東京都民を構成している大多数は、大阪のような反権力ではなく、権力そのものなのである。大企業、巨大マスコミ、巨大流通機構、その関係者、家族、それを取り巻く関連産業、権力構造の構成者を生み出す学校群・・・。その代表として据わりがよい石原は、橋下のような詭弁を弄しなくても絶大な支持を受けてしまうのだ、と考えるのは穿ちすぎか。
 私の若い頃は、東京も大阪も革新の象徴のようなところだった。今は新自由主義の利益に群がる輩、権力保全に躍起になる怪物たちの闊歩するサファリパークのようになっていないか。心の武装をしながら、全国の仲間とともに、東京・大阪をサカナに冷えたビール飲んで、笑い飛ばしてしまいたいものだ。
                                  (長野・小澤)

参加申込数が80人に!
東京大会の受付・千葉高生研より

7月8日現在の参加者申込数が80名となりました。
秋田が9人となりました。秋田大学の学生が増えています。学生・院生の参加申込は6人となりました。
静岡が6人と伸びてきました。
現在は期末試験の学校が多いと思います。忙しいとは思いますが、なるべく早めの参加申込をお願いします。周囲の方への声かけもよろしく。
千葉13
群馬10
秋田9 東京9
静岡6 
熊本4
北海道3 茨城3 大阪3 青森3
埼玉2 神奈川2 三重2 滋賀2 京都2 沖縄2
福島1 山梨1 長野1 愛知1 鳥取1
学生・院生6(上記に含まれています)

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