に投稿 コメントを残す

「ヲタ芸」をめぐるてんまつ ~昨年の熱い夏から~

 「昨日の日曜日のステージ練習、無断で来なかった人が10人もいました。無断で休むなんて人としてどうなんですか!失礼にもほどがあります!」とキツい口調で訴えたのはNさん。文化祭本番9月6日を数日後に控えた月曜午後のHRだった。
 3年生各クラス、ステージ上での持ち時間は20分と決められている。その範囲内で、なにかしらのパフォーマンスを、全員がステージに立つ場面を少なくとも一つ入れて各クラスが創意工夫する、というのが3年生に課せられたテーマである。他クラスと違って、このクラスはほぼ全員が(指定校や公募制推薦でなく)一般入試での進学希望で、夏休みは受験勉強の一つの山場だ。演劇が課題だった2年生の時は、ミヒャエル・エンデの「モモ」から台本を起こし、役者から大道具・照明・音響にいたるまで全力で取り組んで素晴らしい作品を作り上げた生徒たちだが、「今年はそんなゆとりはありません」という雰囲気が7月当初には漂っていた。
 しかし「受験を理由に文化祭に手を抜くことはしたくない」と宣言したNさんが企画担当に立候補し「音楽とダンスの趣味の合う人同士で小さなダンスグループをいくつか作って、小グループで時間を合わせて練習する。これなら練習に割く時間の負担が少ない。クラス全体では二部合唱をする。合唱の練習は二学期が始まる8月25日以降の午後にする。」という案を出してきた。この案は圧倒的多数で支持された。「小グループのリーダーを先に募ってグループ員を後から募集する方がよくない?」という担任のアドバイスが受け入れられて、いくつかのグループ募集がクラスに掲示された。
 その中に男子(このクラスには13人しかいない)Kくんの「ヲタ芸」も含まれていた。私の反応は「へー、ヲタ芸って何?」という素朴な疑問だったのだが、Nさんたち一部女子の反応は「ヲタ芸?問題外。そんなものをクラスの出しものに入れるんですか?」というもので、Nさんが仕切る企画会議(クラス全員参加)で、「ヲタ芸をクラスの出しものに入れてもいいかどうか、意見をください」と議論の俎上に乗せられてしまったのだ。「ヲタ芸」グループに参加するつもりだと意思表示した男子が8名いたのに加えて、女子を含む圧倒的多数が「入れてもいい」と意思表示したのでこの件は一見落着したが。しかし「なんで僕の案だけが、賛否を問われないといけないんですか!」とKくんは怒っていた。彼の怒りはもっともである。「『ヲタ芸』っていう呼び方がまだ社会的認知を得ていないからかなぁ~~。申し訳なかったよね~~。ライトスティックを持って踊るんだし、グループ名を『ライトスティックダンス』にしたら内容と名前が一致していいのでは?」と私は言った。Kくんのグループ名は「ライトスティックダンス」となった。
 その後各グループの持ち時間の件で「ライトスティックダンス」グループのKくんとNさんたちは再びもめた。全体で20分しか持ち時間がないところに、クラス全体合唱5分、あとの15分を6グループで割るのである。3分を要求したKくんに対してNさんが割り当てたのは2分だった。「2分ではできない」とKくんは粘ったが、「ヲタ芸を3分間も見せられて観客は楽しいですか」とNさんは冷ややかだった。「こういうことはグル―プのリーダーが集まって決めたほうがいいよ。」と私はアドバイスし、進学補習の合間を縫ってリーダー会議が何度も持たれた。結局、グループ毎にだいたいの時間を目安として持ち、通しけいこを始めてから互いに融通して20分におさめる、という方針が確認された。もっともKくんはリーダー会議には来なかったのだが。(Kくんは夏休みに入るやいなや音信不通となった。某人気女子グループのサポートをしているらしかった)
 話は元に戻り、8月後半の午後のHRである。グループ毎のダンスの練習は順調に進み、Kくんグループは8月25日以降の猛練習で完成度を上げつつあった。そのKくんたちが直前の週末のステージ練習に来なかったのである。クラス全体として少しでも良いものを、と焦るNさんの気持ちと、週末の練習は強制ではないだろ、という一部男子たちとに行き違いがあったのだ。そして冒頭のNさんの発言が飛び出したのだった。
 「無断欠席するなんて、人としてなってないと思います」。というNさんの発言に反応してKくんがつぶやいた。「お前のその言い方のほうがなってないやろ」。「え?私に向かって言うてるんですか?」(Nさん)。「そうや。お前の、その、『私の方が正論です』ていう言い方、それ、他の人を見下してるやないか」(Kくん)。「オマエ、自分のすることやってから言えや」(YさんがKくんに向かって)。クラスの雰囲気は大勢がNさんに味方しているかのようだったが・・・・・・・。
 それまで教壇の端に座りこんで聞いていた私は問うた。「みなさんはどう思うんですか?」生徒たちのクラス内での立ち位置が相対的に安定していて何かと無難にことをやり過ごしてきた生徒たちである。積極的に手は挙がらなかった。しかし私は「全員に発言してもらいます」と言って、順に生徒を充てていった。Nさんの気持ちに理解を示しつつも、メンバー員を猛特訓しているKくんの頑張りを評価する女子の発言内容が多く、Kくんを非難する声はごく少数だった。「それぞれが、できる形で力を出すと言うのが今年の方針だし、土曜の練習に来なかったのは悪くない。」という、Nさんに近い女子からの発言もあった。そのことはNさんにとっては意外で大きな衝撃だったようだ。この出来事はNさんに一時的ではあれ大きな孤独感を抱かせることとなり、この日から発表が終わるまでNさんを支えるのが私の仕事となった。(しかし後にNさんは、この事を通して自分を振り返ることができたと言っている)。
 クラスのダンスは各グループが完成度の高いパフォーマンスを見せたが、特にKくんグループのヲタ芸「ライトスティックダンス」が大喝采を受けた。私もその完成度の高さに率直に感動して見ていた。「ヲタ芸があんなすごいものだとは知らなかった。」「Kのグループはキレが全然違いますね!」と職員からも感想を寄せられたほどだった。この後、ヲタ芸は若者文化の一ジャンルとしてクラスの中に公然と位置づいたのだった。
                                      京都(田中)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください