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全国大会回想記 その②

 大阪高生研の西村です。前回は、わたしがはじめて参加した1991年の京滋大会のことを書きました。今回はその続きです。
 さて、1992年の全国大会は今年と同じ東京で行われました。前回同様、同僚の先生に連れられて、物見遊山の上京でした。20年前でほとんど記憶にない中で、2人の女性が鮮烈に印象に残っています。といっても、「女性」というジェンダーで括ってしまうと、お2人に叱られてしまうでしょう。当時はまだ「ジェンダー」という言葉が世間では流布していない時代でしたが、この20年で「ジェンダー」という概念が広まった背景に、このお2人は相当貢献をなさったのではないでしょうか。
 そのおひとりは、現社民党の代表を務めておられる福島瑞穂さんです。当時は名前こそ売れてはいましたが、もちろんただの人権派弁護士というだけの方でした。政界に出られるとは思ってもみませんでした。せっかく東京で大会をするので、東京在住のネームバリューのある方にお話を聞くという交流会企画だったと思うのですが、いまから思うとたいへん貴重な経験をさせていただきました。
 もうおひとりは、吉田和子さんです。たぶん問題別分科会だったと思うのですが、文化祭指導について話をしていただいたと記憶しています。このとき初めて「実践家」という言葉を耳にし、また、HRで取り組む文化祭の出し物を、強引に「劇」にもっていくやり方に、違和感をもったものでした。まもなく高生研でお顔を見ることがなくなるのですが、2002年北九州の布刈会館で行われた九ブロで再会して親しく話をする中で、当時抱いたイメージとは全く異なる方だったことに気付きました。
 さて、東京ではもう1度、7年前に全国大会が開かれていますが、これはまだ皆さんの記憶にも新しい大会だと思います。この大会ではじめて応援ブログなるものが導入され、今回と同じように月に1回のペースで原稿を書きました。また、元劇団四季の羽鳥さんを招いてのワークショップが印象に残っています。前泊も含めて3泊だったのが2泊になったのもこの大会からだったでしょうか?講演会を初めて導入したり、大会終了後に大交流会がおこなわれたり、“新しいスタイルの大会”という印象が強い大会でした。
(つづく)

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