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門前の小僧

 現在の勤務校に転勤すると共に高生研に加入し、28年間経ち、定年退職しました。工学部出身なので、教師の勉強はほとんどしておらず、教育学部出の先生には引け目を感じていましたが、とらわれずやった自己流でも通じたのは、若さからだと思います。若さが足りなくなると、それ相応の技術も必要となります。
 そんな中、何も考えず高生研にはいると同時にたった一人の県の事務局となりました。全国委員会に一升瓶を必ず持って行くことだけを教わり、ふたき旅館に来ました。難しい言葉が飛び交い、夜遅くまでの激論、大変なところだと思いました。それでも、出来るだけ参加したのは、秋田に帰ると何となく「やるぞ」という気分になったからです。何か分からないけど元気が出たのです。何年も参加していると、門前の小僧何とやらで、高生研風の考え方で学校を見るようになったと思います。でもやっぱり、学校や教師を変えるのは難しい。
 高生研が新しい道を進み始め、秋田も同様です。大いに期待を寄せています。東京大会は今まで無かったような老若男女?の期待を一身に集めているのではないでしょうか。
 さて、3月で定年退職してから、引き続き非常勤講師を務めています。秋田県は再雇用の制度はないのですが、教員不足のため、たいてい引き留められます(そのくせ教員採用数は非常に少ないのです)。週8時間3日です。昨年まで教科を担当していた2年生のクラスが、授業中うるさく勉強に意欲が少ないので、3月まで我慢をすれば、と考えていたのですが、結局週8時間そのクラスだけを担当することになりました。それじゃ卒業まで面倒見よう、と考え直し、いまさらですが、もっと興味を持てるよう授業を工夫しようとしています。担当する授業時間だけなので、非常にゆったりとした日々を送っています。学校行事なども、つい先日までは先頭になって取り仕切っていたのに、いまは離れた場所から、幽体離脱して見下ろしているような気分で見ています。不思議な気分です。
 授業ですが、実習棟の教室を自分専用とし、そこへプロジェクターを常備して授業をしています。理科室や音楽室のように、各教科の教室がないのが不満でした。欧米のように、教師の教室があればと思います。また、受験は関係ないのと他のクラスと進度を合わす必要もないので、理解できるまで時間を使っています。今、中間試験中なのですが、数字は見るのもいやだ、と言っていた生徒達のほとんどが、構造計算の初歩である「反力を求める」事が出来るようになりました。授業中も静かになってきましたし、質問もするようになりました。3年生になったせいもあると思いますが、失望しかけた昨年がウソのようです。生徒に「頑張ってください」と励まされました。分掌の仕事の合間に授業をするような状況から、余裕を持って日々暮らしている気がし、授業の準備も改めて勉強している気分で、とてもおもしろいです。
 組合や地域での運動は続いています。また、「にほんご教室」への比重も大きくなったので、次回は外国籍の子ども達のことを話題にします。
                             とらぬ狸@秋田

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