「ひとりの教師の回想」

静岡の絹村です。
今日は本(私家版冊子)の宣伝です。
静岡高生研では、この夏、全国の動きに併せ、高生研静岡支部から静岡高生研に
組織替えをします。
それを記念して、50年前に、静岡高生研を立ち上げ、静岡の民主教育に力を尽
くした故益田忠郎先生の遺稿を載せた冊子の完全版をつくりました。以下は、
発刊にあたっての拙稿です。
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お読みいただき、興味のある方は、声をかけてください。
限定100部印刷で一冊1500円です。(ちょっと高いですがほぼ原価です。)
創成期の高生研 静岡支部の歴史(全) 
-ひとりの教師の回想-』発刊にあたって
静岡高生研(高生研静岡支部) 絹村俊明
高生研静岡支部機関誌・『静岡の高校生活指導』に故益田忠郎先生が連載執筆さ
れていた「静岡支部の歴史」第1回から第13回までをまとめて一冊の冊子と
して発刊したのは、今から遡ること22年前、1990年、先生のまだご存命中
のことでした。今回、お亡くなりになる1996年までの連載第14回から第20回
までの分を加えて新たに『創成期の高生研 静岡支部の歴史(全)
-ひとりの教師の回想-』として発刊することになりました。
ことの起こりは、県常任委員会の中で、高生研静岡支部から新たに「静岡高生
研」へと生まれ変わるための熱心な議論の中で、どういう組織をつくりど んな
研究活動を目指すのか、それを歴史の中からも学ぼう、という意見が出たことで
あったと記憶しています。
全国高生研は、本年2012年夏から新しい高生研へと移行します。研究活動の
スタイルを時代に即してつくりなおし、持続可能な
研究組織として新たに立ち上げるのです。それに合わせてそれまで「支部組織」
であった静岡支部も全国高生研と協同しながらも独自のスタイルを持っ た地域
高生研として歩みだします。そうした時代の転換期において、私たちはこれまで
の研究活動をどう総括し、どう再構築していけばいいのか戸惑 い、迷いまし
た。そんなとき、私たちにとってひとつの道標になったものが、益田忠郎先生の
「支部の歴史」です。
温故知新。益田先生は、今でもその抑制された、淡々とした文体で高生研の実践
研究活動のあり方を熱く私たちに語りかけてきます。
1963年、高生研発足のときから益田先生は静岡高生研の中心として支部活動
を支えてこられました。この冊子は静岡支部の歴史であると同時に静岡 県の教
育史の1部でもあります。さらには、創成期の全国高生研の研究活動のあり様が
わかり、またそれを支えた活動家たちの奮闘の息使いが聞こえて くるような、
高生研の歴史を辿る上で大変貴重な資料となっているということも見逃せません。
 県常任委員会において、この「支部の歴史」の完全版発刊にあたって学習会を
持ちました。その時、参加者が共通して感銘した箇所は、意外にも高生研の積
み上げてきた生活指導の理論、サークル活動のあり方についてではなく、自発的
な個人が集い生活指導を科学しようとする研究団体にはふさわしくないような
益田先生の次のことばでした。
「情と理とは微妙に絡み合って、互いに補完していく」、「高生研のように理に
よって成り立っている組織でも、情による結びつきを大事にしていきたい」
 
益田先生は、わからないことを「わからない」と平気で言える方でした。そして
どんな人に対しても対等・平等な関係をつくろうとしていました。それは、益
田先生が他者と自身への「信頼」を、生活指導を学ぶ中でつくりあげてきたから
ではないでしょうか。
教育運動と「民主的人格」の現代的あり方を益田先生のこの冊子から皆さんとと
もに学び合えたらと思います。
最後にお亡くなりになる直前、支部通信に載った益田先生のことばを紹介します。
「社会がおかしい限り高生研は必要である。」

「ひとりの教師の回想」” への1件のフィードバック

  1. 2012年4月23日 「ひとりの教師の回想」

    始めまして。
    もうブログが更新されていないようなので、
    このコメントが届いているかわかりませんが。。。

    私は、上記の記事になっている「益田忠郎」の孫です。
    先日、祖父の部屋の片づけをしていたところ、祖父を懐かしく想い、
    インターネットにて検索をしたら、ここのブログにたどり着きました。

    私も大人になり、祖父の人生がどのようなもので、
    どのような人間であったのか、もっと知りたいと思っています。
    もし、書籍がまだ残っていましたら、いただくことは可能でしょうか??

    それでは、長々と失礼いたしました。

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