月: 2025年7月

問題別分科会1 声にならない声を聴く

虐待、ネグレクト、貧困…様々な事情から親を頼ることができない10代~20代の若者たちを支援する NPO 法人トナリビトでは、若者たちと関係性を築く中で、多くのことを若者たちに教えられ、葛藤を繰り返 しながら若者たちの「声にならない声」を聴く取り組みを続けてきた。

代表の山下祈恵さんは、高校時代、進路選択にあたって、それまでずっと考えていた医学部進学を止め、海外留学を決めた。担任からは「経験もないので進路への助言はできない」と言われ、すべてひとりで手続きを行い、アメリカの大学へ留学した。

帰国後、病院の事務職として就職。働きながら、児童養護施設で家庭教師ボランティアを行う。そこで入所している子どもたちと出会い、想像をはるかに超えてシビアな状況で生きていることを知った。「失敗しても安心して過ごせるおうちが欲しい」と言った子に「そんな場所を、いつかつくるから待っていてね」と言ったものの、自分にいったい何ができるのか、悶々としていた。
そんな時、世界中のスラム街で子ども支援をしているMetro Child Worldの創設者の講演を聴いた。「子どもたちがかわいそうだと、ただべちゃくちゃしておしゃべりするだけの人間に私は疲れました。行動を起こす気がある人だけ、私のところに来てください」という言葉に、「私はぺちゃくちゃおしゃべりするだけの人間だ」と強烈に突き付けられた気がして、講演後、創設者のところに話に行くと「一度、ニューヨークに来なさい」と言われ、3週間後にニューヨークに行く予定があったので、あまり時間が取れなかったが、話ができた。
その後、半年ほど休職し、「本当に自分がこういう問題に関わっていけるのかどうか、そこで見極めたい」と思い、スラム街の子ども支援団体のキャンプトレーニングに参加。「もし喜んでできなかったら、やるべきではない」と。12時間以上働き詰めの毎日だったが、スラムの子どもたちと一緒に過ごすのがすごく楽しくて、満たされた日々だった。

同年(2018年)夏に帰国後、起業準備を始め、2019 年に自立支援シェアハウス「IPPO」を立ち上げ、トナリビトの活動をスタートした。トナリビトでは、親を頼れない子ども・若者を対象に、シェアハウス等の住居支援、緊急シェルターや居場所の提供、公式 LINE や SNS 等での相談対応をメインに普及啓発や支援者育成等を行っている。
トナリビトでは「若者がしてほしくないことに気をつける。若者の主体性を奪わない」ことをスタッフで共有している。共有していることの食い違いから、失敗することもあるが、失敗したら謝ることにしている。謝ってからが「スタート」で、これが学びを作る活動につながっていく。
警察で保護された若者の「引き取り手がない」とトナリビトに連絡が来たりする。様々な生き辛さや家族関係の問題に起因する問題で行き場を失い、社会からはじき出された若者の「居場所」となっている。しかし、行政はこの若者たちの抱える問題に積極的な対応をせず、トナリビトにおまかせの状態である。行き場を失った若者の実態を聞くにつれ、トナリビトだけの若者支援だけでは、解決できない感がある。
そこで、分科会には山下さんとも交流のある岡田行雄さん(熊本大学法学部教授)に助言を求めることにした。岡田さんは、少年法を専門とする研究者である。少年院を訪問し、非行少年たちと日常的に面会を重ね、保護司とも意見交流をしてきた。家庭や社会に起因する非行と呼ばれる行動の背景に、トナリビトがコミットしている。子ども・若者を取り巻く課題が複雑化する今、私たちは若者の「声」にどう向き合っていけばいいのか、ともに考えたい。また、トナリビトの活動に対して、行政機関や教育機関、そして様々な団体がどのような役割を担い、連携していけば子ども・若者の自立支援になるのか、意見交換をしていきたい。             

一般分科会8 [ 授業 〕 「隣人」である東アジアとの関係を問い直す授業

今年の初めに『東京サラダボウル』(NHK)というドラマが話題を呼びました。「ひとびとが無意識のうちに排外思想を抱いてしまうのは……私たちが生きている社会制度のなかに偏見が刷り込まれている」からだと本作の在日外国人社会考証の担当者は言います。だとすればそれを見抜く目を養うのは学校の役割でしょう。
 また、小池百合子東京都知事は、関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典に追悼文を2017年以降送っていませんが、その理由を聞かれ、事実とデマを並べて「いろいろな史実がある」として誠実には答えていません。ところが、歴史の事実を否定する小池氏の態度は、選挙戦にはほとんど影響を与えていないかのように、昨年の都知事選では、300万票弱(42.8%)を獲得して3選を果たしました。
 いまネット上で繰り広げられている論争(論争と言えるほどの内容の深まりはないですが)は、少なくない人々に影響を与えています。私が一番苦々しく思うのは、「事実とデマ」がない交ぜになった「論争」を見て、少なくない人々が片方の主張を鵜呑みにし、また多くの人々が「どっちもどっち論」に陥り、問題の本質を見失ってはいないかということです。高校生も例外ではないでしょう。
国会パブリックビューイングで有名な上西充子さんは「双方の主張を見て、その間を取ろうと考える人は少なくないが、間を取るだけでは、マイノリティー側が不利になります。そうではなく、互いの主張の根拠はどこにあるのか、よりまっとうなのはどちらなのか、一歩踏み込んで判断してほしい」と言います。
 さて、本分科会では、「『在日韓国・朝鮮人をはじめとする在日外国人へのヘイト』、『SNSなどによる個人や集団への攻撃』が横行する現在、『隣人』である東アジアの人々や在日外国人に対する『思い込み』・『好ましくない関係』を問い直す授業はどのようにつくれるのか」という問題意識の下に、いくつかの科目で試みた実践を池上聡一さんが報告されます。また、池上さんは、今まで高生研は「様々な個人が対等平等に意見を出し合い相互に承認・成長」していくような実践を目指してきたが、国境・国籍なども越えて「対等平等に相互承認、相互成長する関係」をつくりだすためには、教科学習を通しての知的な学び、事実にもとづく意見交換や「問題」について考える機会が不可欠だと痛感しておられます。
 この報告を聞き、このことに関して、目の前の生徒たちはどのような状況なのか、「『思い込み』・『好ましくない関係』を問い直す授業」は如何にすれば可能なのか、参加者の経験や実践も出し合い、考えあいたいと思います。
報告は、社会科の授業実践ですが、社会科の教師とは別の視点での感想・意見は貴重だと考えているので、他教科の方々の参加を大いに歓迎します。

保育申し込み受付延長

全国大会参加申込、全般に関わっています安藤です。
保育の受付についてアナウンスします。
高生研の全国大会では、毎年、保育の計画がなされています。
昨年の大阪大会では、子育て世代の教員が互いに声を掛け合って
大いに利用され、その重要性が再確認されました。
この熊本大会でも、保育の体勢を万全に整えています。
保育担当の岩崎先生からは、
「現役、保育士2名にすでに依頼していますからまだまだ受付大丈夫ですよ!」と
伝えられています。
そこで、当初の保育の締め切りを延長することにしました。
大会の申し込みと同様、8月4日までとします。
ぜひぜひ、ご利用ください。

一般分科会7 [ HR ] 1年間の担任を振り返って

報告者の鳥海さんは、工業科で機械を専門とする初任4年目の教師です。『高校生活指導』の一読者として高生研と出会い、2023年の東京大会では現地実行委員として交流会を企画するなど活躍されてきました。分科会で報告するのは今回がはじめてで、実践記録を書こうと思った動機の一つとして、「担任3年目、最終学年まで持ちあがってきた今、これまでの実践を振り返りたい」という思いを聞かせてくれました。この報告のなかでは、昨年の2学年を担任していたときのことがメインに書かれていますが、さらに時を遡って聴きたくなるような実践を担任1年目から重ねてきました。そんな期待を抱かせる鳥海実践の魅力をいくつか挙げていきます。
魅力その① 生徒に注がれるまなざしの温かさ、柔らかさ
 実践記録は、まず勤務校の持つ特色にはじまり、次に生徒像を描いていきますが、学力や生活態度、発達における課題を挙げながらも、目の前の生徒への愛おしさが言葉の端々に溢れています。実際の場面では、この実践の中心人物でもあるリンという生徒と保健室のストーブの前で地べたに座って話をするなど、鳥海さんが無意識にとる行動にも表れています。そのまなざしは、一方通行の慈悲的なものではありません。リンとのやりとりを通して彼女の見ている世界を捉え、鳥海さんがリンの周辺の人間関係を読み替え、さらにはクラスの生徒たちがリンに向けるまなざしをも変えていく出来事につながっていきます。
魅力その② 普遍的な問いを深められる
鳥海さんの書いたリーフレットの紹介文に、「この1年間にどんな意味があったのか、より実践を深めるにはどうしたらいいのか。参加者の皆様と考えたい」とあることから、実践を振り返ったときに納得のいく指導もあれば、「あのときどうすればよかったのだろう」と思う場面もあったのだろうと想像します。この実践ではもう一人、とあるきっかけでカッとなり、ナイフを向けてしまった生徒が登場します。このときの担任としての対応については大いに議論したいところです。
魅力その③ 実践の舞台であるT高校
 戦前の昭和初期に開講した工業学校を母体に持つT高校。近年は定員割れがありながらも、学校斡旋で就職する生徒が7割を占めていることから、学校が生徒の進路保障と地域で求められる人材育成の両方を担っていることがわかります。近年、DXハイスクールやSTEAM教育、普通科改革など、少ない教育予算をエリート育成にあてるための競争システムに翻弄され、教師と生徒の他愛もない日常が奪われている学校現場が多いなか、T高校のようないわゆる “ふつうの”工業高校のHR実践はある意味で貴重。これから教師生活を送ろうという人も、もう十分に味わったという人も、幅広い属性や年齢層の参加者と共に、鳥海実践を通して学び合いたいと思います。

一般分科会6 [不登校] 「親の会」での親と教員の学び及び運営の在り方

「たとえば、学校を鯖に例えてみましょう。
 多くの大人たちは『鯖はとっても栄養があって、食べると頭がよくなる』と信じています。だから『食べなさい』と勧めます。子どもが少しためらっていると『食べないと賢くならないから、少しでもいいから食べなさい!』と勧めます。そうすることが大人たちの義務だと信じているからです。
ある子は喜んで食べます。またある子は仕方なく食べます。そんな中、鯖を頑張って食べた子が、腹痛を訴えました。鯖が少し傷んでいたようです。でも大人たちは、原因に気付かず『これはとっても栄養があるから』と、また鯖を食べさせようとします。子どもは『食べられないと恥ずかしい』という思いもあり、少し無理して食べてみますけど、またお腹が痛くなってしまいます。
 そんなことを繰り返していると、子どもは鯖を見るだけで脂汗が出たり吐き気がしたりするようになり、少しも食べられないようになります。
 大人たちは首をかしげ、対策を話し合います。『どうしたらあの子が鯖を食べるようになるか?』という話し合いです。ごく一部の人はここで気づくのですけど、多くの大人は『鯖を食べないと頭が良くならない。先々生きていけない』とまで思い込んでいますから、自分たちが食べさせようとする鯖がその子にとって危険なものになっていることに、気づくはずもありません。・・・・」 
石井嘉寿絵 著『たとえば鯖 不登校・ひきこもり・発達障がい に思う』(2022)より

この分科会では、300回以上「親の会」を運営し、「900人以上の不登校で悩む方々のお話を聴いている」親であり運営委員である石井さんの報告から、団体名「不登校に学ぶ」の「学ぶ」に込められた「学校をよりよい環境に、魅力的なところにしてほしい」、「学校の先生も楽しく過ごせる学校を」という「フレンズネットワーク」の願いを確認し、そうした学校の在り方を考えていきたい。
また、親の会が大切にしている、「受け止める」ということ。「『親の会』の参加者は、一番つらいことは中々話されない、その場が安心して話せる場だと話せることもあるが、本音ではないこともある」と石井さんは言う。「親の会」の運営の在り方を聞き取りながら、「親の会」の存在意義を考えていきたい。その際、上記『たとえば鯖』に著される不登校への捉え方を参加者と共有したい。
 そして、定時制に異動になり、これまでの指導法で壁にぶち当たった山本先生が、「フレンズ」に参加することで、最初は「教員の悪い癖が出て」、「悩まれている保護者の方に“アドバイス”や“助言”をしたくなり、」「真逆の空気を作ってしまっていた」が、「親の会に関わらせてもらい、私自身も聴いてもらうことを繰り返すうちに、人の話を聴くことが幾分か出来ているなと思える」ようになった変容、つまり自分の教育観が崩され、自分の教育スタイルを再構築していった過程を参加者と一緒に読み解き、教育と子育てと福祉の繋がり方を考えたい。