虐待、ネグレクト、貧困…様々な事情から親を頼ることができない10代~20代の若者たちを支援する NPO 法人トナリビトでは、若者たちと関係性を築く中で、多くのことを若者たちに教えられ、葛藤を繰り返 しながら若者たちの「声にならない声」を聴く取り組みを続けてきた。
代表の山下祈恵さんは、高校時代、進路選択にあたって、それまでずっと考えていた医学部進学を止め、海外留学を決めた。担任からは「経験もないので進路への助言はできない」と言われ、すべてひとりで手続きを行い、アメリカの大学へ留学した。
帰国後、病院の事務職として就職。働きながら、児童養護施設で家庭教師ボランティアを行う。そこで入所している子どもたちと出会い、想像をはるかに超えてシビアな状況で生きていることを知った。「失敗しても安心して過ごせるおうちが欲しい」と言った子に「そんな場所を、いつかつくるから待っていてね」と言ったものの、自分にいったい何ができるのか、悶々としていた。
そんな時、世界中のスラム街で子ども支援をしているMetro Child Worldの創設者の講演を聴いた。「子どもたちがかわいそうだと、ただべちゃくちゃしておしゃべりするだけの人間に私は疲れました。行動を起こす気がある人だけ、私のところに来てください」という言葉に、「私はぺちゃくちゃおしゃべりするだけの人間だ」と強烈に突き付けられた気がして、講演後、創設者のところに話に行くと「一度、ニューヨークに来なさい」と言われ、3週間後にニューヨークに行く予定があったので、あまり時間が取れなかったが、話ができた。
その後、半年ほど休職し、「本当に自分がこういう問題に関わっていけるのかどうか、そこで見極めたい」と思い、スラム街の子ども支援団体のキャンプトレーニングに参加。「もし喜んでできなかったら、やるべきではない」と。12時間以上働き詰めの毎日だったが、スラムの子どもたちと一緒に過ごすのがすごく楽しくて、満たされた日々だった。
同年(2018年)夏に帰国後、起業準備を始め、2019 年に自立支援シェアハウス「IPPO」を立ち上げ、トナリビトの活動をスタートした。トナリビトでは、親を頼れない子ども・若者を対象に、シェアハウス等の住居支援、緊急シェルターや居場所の提供、公式 LINE や SNS 等での相談対応をメインに普及啓発や支援者育成等を行っている。
トナリビトでは「若者がしてほしくないことに気をつける。若者の主体性を奪わない」ことをスタッフで共有している。共有していることの食い違いから、失敗することもあるが、失敗したら謝ることにしている。謝ってからが「スタート」で、これが学びを作る活動につながっていく。
警察で保護された若者の「引き取り手がない」とトナリビトに連絡が来たりする。様々な生き辛さや家族関係の問題に起因する問題で行き場を失い、社会からはじき出された若者の「居場所」となっている。しかし、行政はこの若者たちの抱える問題に積極的な対応をせず、トナリビトにおまかせの状態である。行き場を失った若者の実態を聞くにつれ、トナリビトだけの若者支援だけでは、解決できない感がある。
そこで、分科会には山下さんとも交流のある岡田行雄さん(熊本大学法学部教授)に助言を求めることにした。岡田さんは、少年法を専門とする研究者である。少年院を訪問し、非行少年たちと日常的に面会を重ね、保護司とも意見交流をしてきた。家庭や社会に起因する非行と呼ばれる行動の背景に、トナリビトがコミットしている。子ども・若者を取り巻く課題が複雑化する今、私たちは若者の「声」にどう向き合っていけばいいのか、ともに考えたい。また、トナリビトの活動に対して、行政機関や教育機関、そして様々な団体がどのような役割を担い、連携していけば子ども・若者の自立支援になるのか、意見交換をしていきたい。