報告者の鳥海さんは、工業科で機械を専門とする初任4年目の教師です。『高校生活指導』の一読者として高生研と出会い、2023年の東京大会では現地実行委員として交流会を企画するなど活躍されてきました。分科会で報告するのは今回がはじめてで、実践記録を書こうと思った動機の一つとして、「担任3年目、最終学年まで持ちあがってきた今、これまでの実践を振り返りたい」という思いを聞かせてくれました。この報告のなかでは、昨年の2学年を担任していたときのことがメインに書かれていますが、さらに時を遡って聴きたくなるような実践を担任1年目から重ねてきました。そんな期待を抱かせる鳥海実践の魅力をいくつか挙げていきます。
魅力その① 生徒に注がれるまなざしの温かさ、柔らかさ
実践記録は、まず勤務校の持つ特色にはじまり、次に生徒像を描いていきますが、学力や生活態度、発達における課題を挙げながらも、目の前の生徒への愛おしさが言葉の端々に溢れています。実際の場面では、この実践の中心人物でもあるリンという生徒と保健室のストーブの前で地べたに座って話をするなど、鳥海さんが無意識にとる行動にも表れています。そのまなざしは、一方通行の慈悲的なものではありません。リンとのやりとりを通して彼女の見ている世界を捉え、鳥海さんがリンの周辺の人間関係を読み替え、さらにはクラスの生徒たちがリンに向けるまなざしをも変えていく出来事につながっていきます。
魅力その② 普遍的な問いを深められる
鳥海さんの書いたリーフレットの紹介文に、「この1年間にどんな意味があったのか、より実践を深めるにはどうしたらいいのか。参加者の皆様と考えたい」とあることから、実践を振り返ったときに納得のいく指導もあれば、「あのときどうすればよかったのだろう」と思う場面もあったのだろうと想像します。この実践ではもう一人、とあるきっかけでカッとなり、ナイフを向けてしまった生徒が登場します。このときの担任としての対応については大いに議論したいところです。
魅力その③ 実践の舞台であるT高校
戦前の昭和初期に開講した工業学校を母体に持つT高校。近年は定員割れがありながらも、学校斡旋で就職する生徒が7割を占めていることから、学校が生徒の進路保障と地域で求められる人材育成の両方を担っていることがわかります。近年、DXハイスクールやSTEAM教育、普通科改革など、少ない教育予算をエリート育成にあてるための競争システムに翻弄され、教師と生徒の他愛もない日常が奪われている学校現場が多いなか、T高校のようないわゆる “ふつうの”工業高校のHR実践はある意味で貴重。これから教師生活を送ろうという人も、もう十分に味わったという人も、幅広い属性や年齢層の参加者と共に、鳥海実践を通して学び合いたいと思います。