カテゴリー: 堂々庵

どうするの?!高生研オンライン全国大会?(最終回) つながりが_心配なきこと_シンライン ~オンラインを快適にする方法~

いよいよ大会まで、2週間を切りました。
 わたしは、この大会の受付も担当していますが、今大会の参加者の傾向が少し見えてきました。今までの大会に比較して、分科会単発で参加申し込みされる方がかなり増えています。
リアル対面で行う全国大会ですと、開催地を中心に単発参加は多くなるのですが、on-lineでは、全国各所からその様な申込があります。
 ここに、参加希望者からみてのオンラインで行われる全国大会のメリット(全国各地からすぐ寄れる)が垣間見られます。

 あと数日で申込が締め切られます。
 まだ申込をされていな方は、参加申込のお忘れなきようよろしくお願いします。

 さて、「どうするの?!高生研オンライン全国大会」つづきで最終回でございます。
 ○ 煩わしいオンラインをいかに快適にするか。
 すでに、いろいろな道具(接続機器)の話はしてきましたので、それとはひと味違う話を伝えます。
それは、われわれ人間のことです。様々なことを快適にするのに、人間が関わっていることに目を向けなければ、根本的な改善につながらないのです。(社会を構成しているのは人間、オンランを操作しているのも人間となります。が、ここではややこしくなるので少し逆に見ていきます。)
「自分という人間が頼りにならない!」と感じる方は、目に見えて安心できるオンライン環境を準備してください。WiFiではなく、目に見えてつながってる感丸出しのLANケーブルでつなぐ!とか、接続方法が分からなかったら教えてくれる人をとことん探しに行く!とか、地道に頼りになるものをつなぐ!   
これがわたしの答えです。
民主主義、政治、社会においてそのプロセスや手続きが大事であることと同様、ネット、オンライン、ICTにおいても面倒くささはつきものなのです。機械をつなぐのか、人をつなぐのか。それぞれの性分に合わせて、快適さを追求することがこの世の中をよくすることにつながると思います。

高生研のオンライン全国大会を準備しつつ、そんなことを考えているのです。
紛れもなく、快適さを追求し実感するのは、あなたでしかないのです・・。

安藤

各地から_寄って語れる_オンライン ~大会に参加する物語~

オンラインでの学習会は、旅費を掛けずに簡単に他者との学び合いが成立することが良いところです。
わたしたちは、様々な価値に対価を払って生活をしているわけですが、「旅行」にお金を掛けるのはその行程、時間、場所、移動に価値を見いだすからです。
昨今、行動の制限を強いられる中、何にお金を使うのか? また、どんな考え方で、価値を見いだし、その価値に見合う対価(時間やお金)を注ぎ込むのでしょうか?
個人的にひそかにそれらを見いだす方法もあるでしょう。しかし、様々な他者が存在してこそ学びは深まります。
学びを深める工夫や対価を注ぎ込もうとする意志は、あなた次第なのです。

わたしは、様々なバリアを越えていくことを1つの趣味としています。
例えば、パソコンのOSの違い(WindowsとMacといった差)を超えてファイルを読み書きできる方法を探したり(15年ほど前は簡単ではなかった)、テレビとPC(相互でコネクターの形式が違う)をつなぐ変換接続機器で持ってない種類のものはないほどです。それは、「互換性フェチ(偏愛)」という言葉が合うように思います。いざというときに接続できなくなるとホントイライラきてしまいます。「なんで、あのコネクターを持ってこなかったのだ~!」と。
ですので、いつもわたしの持ち歩くものは大きな荷物になります。なぜなら、咄嗟の時でも何とかしたいと考えているからです。

やや話がそれました。
高生研の全国大会に参加するということは、本来、その参加の手続きから考えて開催場所へ会場入りして学習するまで、たくさんの複雑な行程を経ています。「複雑性」が人間の行動にはつきものなのです。その「手間暇」が、PCの前に縮こまっているのが今の状況です。

どうでしょう、あたかも小説などの単行本を開くようなつもりで、「オンライン全国大会」に参加してみては? PCでのトラブルも物語の1つなのです。きっと仲間の参加者が助け船を出してくれます!

安藤

果たして何を決意すべき時なのか

疲れの原因

最近、やたら疲れてしまう。
理由ははっきししている。緊急事態宣言と称され、休校措置が執られ、
学校現場は県教委の号令のもと、オンライン授業に取り組むことになった。
「オンライン授業」は、インターネットを介して自宅と学校とで教師と生徒が
双方向で授業に取り組むことを意味する。
聞こえはいいが、その為の通信機器は生徒自身が持つスマートホンで通信費は
保護者が対応することになる。
自宅にインターネット回線が引かれていない家庭は、携帯通信網を直に使い
学校のオンライン課題に取り組まなければいけない。前提なき個人負担が強いられている。

「しかたがない」で蹂躙

たちが悪いのは、「しかたがない」でいくつものことが蹂躙されていくことだ。
「生徒らはほとんどがスマートフォンでの対応しかできない。」「しかたがない。やらないよりましだ。」
「教師側から送っている画面に応答してこない!」「しかたがない。そんなに高いレベルは求めていない。」
「生徒たちのスマートフォンにどう映っているか分からない!」「しかたがない。その解説を示している余裕も時間もない。」
「オンライン授業で課題の提出の方法が教師も生徒も分からない!」「申し訳ないが、自分たち教員でその辺りを探りながらやってくれ。」
「あなたは、オンライン授業に導入されたツールを使えるのか?今の現状が分かっているのか?」「しかたがない。やれる範囲でやってくれ。」
「それは、この日本社会のアベノマスクを配ってしまうのと同じじゃないのか?」「しかたがない。やらないよりはましだ。その国の中にある県の方針の一貫だ。」
・・・・・どうしても疲れるのだ。(応答は想像した仮定)

応答関係にない世界からの脱出

明確になってきたことがある。
応答関係をつくろうとしないところに、われわれが振り回されているからだ。
われわれは、ネット環境を多用するあまり、今までの日常にあった「自己複雑性」を喪失していっているという指摘がある。この「自己複雑性」は、人と会話するだけでも、会社に行って仕事の話をしたり、家に帰って家族と会話したり、場所と人を変え多様で複雑な日常があることを意味する。その複雑さが、ネット端末の前に喪失していくというものである。またこの喪失は、ストレス耐性をそぐ要因になるといわれ、疲れの原因の一つということができる。
ネット環境は、うまくいけば遠隔でのコミュニケーションができ、応答関係が結べるツールである。しかし、応答関係をリアルな世界でイメージしたとおりだと考えることはできない。日頃から、コミュニケーションが不得意な人は、仮想空間でも苦手な意識が働くだろう。ネット端末、情報機器、コンピューター、タブレット、スマートフォンというブラックボックス的道具がそれなりの壁として立ちはだかっている。ソフトの設計思想やインターネットの仕組み自体が、様々な目的で発展してきていることから、オンラインの取り組みが全て肯定されると捉えるべきではない。
コミュニケーションは互いに求めなければ成り立たないのだ。その為に「自ら意図し使える所はうまく使う」道具と見るべきだろう。

昔なかったものが照射する温故知新

コロナウィルスは、はっきり地球の空気をきれいにしてくれている。ウィルスは見えないが、都市封鎖などにより目に見えて世界の空気が澄んできている。間違いなく、星空が綺麗だ。
オンライン授業に取り組もうとする中であぶり出される様々な課題。これらは、リアルな世界のコミュニケーションのあり方を問うものである。
多様で複雑であるが故に、この世の中は価値が生まれ、そのこと自体が尊い。
教育のあり方、オンラインを含めたコミュニケーションのあり方を考えるまたとない機会だと捉えるべきではないだろうか。

大会グループ  安藤誠也  2020/5/12

私たちにできることはなにか

私の勤務校は、予定通りの日程で新年度が始まりました。
同じ県内でも、開始を遅らせた県立高校がある中で、かろうじてその区割りから外れたのでした。
予定通りといっても、学年によって時間をずらしたり、集会を教室待機の放送に切り替えて実施したり、マスクや3密回避、それなりの感染症対策を織り交ぜながら日程をこなしています。
今日は、対面式(!?)も放送で行われました。生徒会長と1年生の代表生徒との放送による挨拶を全校生徒が聞くものでした。
クラブ紹介はなくなり、例年、1年生だけ体育館に集めて行われていたものでし
た。今日はそうそうに放課にされた後、クラブをやっているところを1年生が見
て回る形式が取られました。所々で生徒会執行部が立って、案内するのでした。
吹奏楽部は中庭に繰り出し演奏。卒業式や入学式で発揮できなかったものを目一杯発散しているようで、美術室の窓からその賑わいが聞こえてきました。
ベランダから覗くと山岳部がテントを張るデモンストレーションをやるなどしていて
「外とはいえ、やや密集では・・?」と少し水を差す感覚がありつつも、「高校
らしい風景だなぁ〜」と見守る感情がありました。

「ホントに晴れて良かったですよ。」と生徒会顧問の先生。

隣の県や都会では、こんな風景とはほど遠い状況である事を思い浮かべてしまいます。
目の前の生徒や学校の風景を見つつ、とりまく世界やこの先のことにどうしても気が行ってしまいます。

皆さんの学校の風景は今どうなっていますか?

2020年4月9日 みえ あんどう


静岡高生研の春ゼミ兼東海ブロックゼミに行ってきた

よく晴れた3月21日(土)
静岡の三島で行われた静岡高生研の春ゼミ兼東海ブロックゼミに行ってきました。
三重から静岡まで車で片道3時間あまり。大きな雪の富士山がお出迎えをしてく
れました。
新型コロナウイルスの関係で開催するかかなり熟慮されたようですが、
「積極的には誘わなくとも、やることはやろう!」ということで予定通り開催し
たそうです。
10時から始まった午前中の「入門講座」は、席替えをクラスの取り組みとして
大事にするHR実践レポートを読み解きながら班討議を重ね、HRづくりの視点
について考えていきました。
午後は、初担任のHR実践レポートの実践分析。
誰とでも気軽に会話ができるようにという思いを持ってHRをつくっていこうと
班編成を取り込みながら進める実践でした。実践者の思いが明確で、課題はない
ことはないが役職のある生徒の話を担任が受け止めながら進めている点は大切と
いう意見が出ていた。
なんと6人が初参加者ということで合計20数名の参加。
静岡高生研の人たちが用意したお昼のおにぎりやパンをタダでもらい、お菓子や
飲み物もたっぷりと用意されていて、至れり尽くせりの学習会に参加で、ほっこりできました。

みえ@安藤