受験勉強をしない 毎日勉強する 

もしこの世の中から受験競争がなくなったら、勉強しなくなるのだろうか?競争に勝ち抜くために他人よりも良い成績を残すための工夫と積み重ねが受験勉強だとすると競争倍率に応じて勉強の量は変わる。高校受験、大学受験、資格試験、就職試験、昇進試験など常に競争にさらされることで自分自身を高めてきたという人も多いことであろう。私もそれなりに競争に参加しそれなりに結果を残してきた。

「受験勉強が楽しい」と思える人は少ない。苦しさを伴いその苦しさの先にしか得られないものがある。だから今は、礎を築くときであり「何も考えずに言われたとおりに」取り組みなさい。きっとそれらの苦労が報われる時が来るからそれまで努力し続けなさい。結果が出ないのは取り組みが悪かったからで、できるまで工夫と改善を繰り返しなさい。そうすればいつか夢は叶うでしょう。

競争がなくて、相対的に自分を位置づけることがなくなると、どうやって生きていくのかわからなくなる。工夫と積み重ねの必要性を感じなくなる。何をどのように頑張ればいいのかわからなくなる。このように感じるのは、我々教員の側に多く、以外と生徒たちはそのようなことにとらわれていなかったりする。なぜ勉強するのか?その先に何があるのか?この取り組みによって自分に何が得られるのか?そもそも自分はどのようになりたいのか?このような疑問に我々教員は応えてきたのだろうか?生徒にとっての課題は明確なのに、学校の都合によってその課題は、後回しにされているのではないか?

そうは言っても現実社会では、なお競争が残っており、他者と戦い相対的に自分の位置を高めることが必要である。また保護者や卒業生、地域の方々や関係者の声は学校の方針に大きく影響する。だから進んでは戻り、紆余曲折を経ているのだと思う。学校現場にいて日々の活動に疑問を持ってもじっくりと考える時間をとれない。議論する相手と時間が合わない。職員会議が機能していない。皆で話し合って決めることをしなくなってずいぶんと年数が経ってしまった。

それでも取り組みは続ける。諦めてはいない。毎日勉強する生徒をひとりでも多くしたい。学ぶことが楽しくて、学ばなければ自分の生活を豊かにできない。そのために話し合い、自分たちで決める。自分が何を学ばなければならないのかに気づかせることが、毎日勉強する一番の理由とモチベーションとなることを信じている。高生研の活動で出会った人たちから刺激を受け、自分が考えることを口にし、議論することができるようになった。少しずつしか進まないし、大きな流れを変えることは難しい。でも活動していると不安や不満が解消される。結果は出ていないけど活動し続けることで自分の安定を保っているように感じる。

主語も曖昧で主張もゆらゆらはっきりしない。そのような文章を読ませてしまい不愉快かもしれません。申し訳ございません。私自身の成長の課程だと思って許してください。

熊本高生研 吉田 真一

「旅の途中」

この前高生研の大会に参加したのは、いつのことでしたか。クラブで忙しかったり、夏の予定と合わなかったりで、かなりブランクが開いてしまいました。

今年は、半ば強引に九州での研修を予定に組み込んで、その流れで四国・小豆島・隠岐、そして鳥取の全国大会へという流れで、久しぶりに参加出来ることになりました。

ちょっとしたきっかけで、十年ちょっと前に大阪高生研の皆さんと知り合い、高生研やおまかせHR研究会に関わる中で、いろんなことを気づかされてきました。それまで無我夢中で行ってきた授業やHRの実践を分析していただいたり、他の先生方の実践を教えていただいたり。実践を大事にしつつ、一歩引いた視点から客観的に振り返って見ることの大切さを教えていただきました。特に大阪の皆さんは、あの人もこの人も皆キャラが立っていて面白い(笑)。真面目な会議の席でも常にボケようと手ぐすね引いてますから油断が出来ません。ボケ合戦をかいくぐって会議が進んでいくのもすごいんですけども。でまぁ、本を書いたり出前講座をしたりして稼いだお金で肉を食い、温泉に入り、また旅に出ると。  久しぶりに全国大会に参加して、懐かしい皆さんとお会いするのが楽しみです。濃密な3日間にしましょうね!

大阪 牧口

「全国大会出たいのに、あ~ぁ今年も出られない。(残念)」

○多事多忙にまぎれ、目の前の生徒たちのことを同僚と語り合わなくなったのはいつからだろう。ここ12年間、3つの学校で生徒会顧問ばかりやっている。行事をこなすばかりで、1つ終われば次の準備、それも終われば来年度の準備とルーティン化し、ぐるぐる回っている。何かやり切っていない、ほどほど上手くいって満足してしまう。生徒会顧問としては、生徒達がやってみた内容がどうだったかという結果より、企画の提案がどれほど早く、準備が予定通りで合理的に進んだかが気になってしまう。生徒たちに小さなつまづきや失敗をさせて、葛藤の中で協力し合い、やり遂げた自分たちに自信が持ているように成長させたいと思ってはいるのだが。でも、実際には失敗させないように先回りして、顧問の方でお世話し過ぎてしまう。

○教員になって、担任をずっとやり続けたいと思っていた。生徒会顧問も生徒全体を見渡せる立ち位置も面白いが、生徒会役員の生徒とも、授業を担当する生徒とも、人間関係が希薄で、正直言ってつまらなくなってきた。公開文化祭、体育祭、小文化祭(非公開)と大行事が3年で一回りし、毎年新しく入ってくる生徒会役員の生徒を指導しながら、何とかうまくまとめて行事を終える。何か変えたい、生徒からの要望はないのかとけしかけても、生徒は面倒くさいことはやりたくない。高校の組合の役員も兼ねて、ますます多忙になり、実は自分も担任を回避して年間の見通しがきく生徒会顧問に逃げているのか。でも、こんな話は職場で同僚とはできないもの。 ○高生研全国大会で、自分が思いつかないような視点で、バッサリと実践を切り捨ててもらえる場は、他にはない。地域高生研がない自分には、東北ブロックで青森に参加しているが、教師にとって一番大事な実践を云々し合える仲間は大事だ。

福島 齋藤

道楽と勉強と仕事 その2「道楽と高度プロフェッショナル制度」

「働き方改革法」が成立しました。
その1で書いた「独りブラック」をつぶやいていたOさんは、法案の中にある「高度プロフェッショナル制度」をとりあげ、「個人個人の仕事へのこだわりを経営者側が搾取していく構図」と指摘されていました。法案から削除はされましたが「裁量労働制」などもその構図を如実に実現するものであるように思います。
私は以前から、教師の仕事について考えてきました。熊沢誠さんの講演をお願いしにいったときからこのテーマと職業教育でした。教師の仕事はやればやるだけ更に仕事が増えるのではないか? また、中途半端にやっていても自分が本当にやりたい(教育という)仕事ができないのではないか? そもそも教師にとっての研修とは仕事なのか何なのか? 教職調整手当の名の下に必要以上に働き過ぎていやしないだろうか?
変な話、高生研に関わる中で、よりいっそうそのことを考えるようになったように思います。

以前(20年ぐらい前)、私の子どもがまだ小さいとき、高生研への学習会への参加は家族の憩いの時間に少なからず影響を及ぼすもので、それらのいくつかの誘いを断っていたこともありました。しかし、年を重ねるごとに、教師としての未熟さを少しでも改善できるのならという気持ちが勝ってきました。プライベートの中に高生研の存在意義を確保できるようになってきました。

高生研の先輩の中には「私は妻に『高生研は俺の道楽』と言っている」という話を聞きいたことがありました。自己研修の場を「道楽」と考えるというのはある意味新鮮で、私も同じことが言えるかなぁと真剣に考えたことがありました。
この「道楽」という言葉は、好きなことを追求することで生じる時間的、社会的な緊張感をほぐす意味があるようには感じています。それでも、私にとっては、高生研で勉強することは道楽といいきれない感覚です。もし、道楽と言ってしまうと、教師という仕事までも道楽になるのではないか?そう思えてきます。

「高度プロフェッショナル制度」のモデルは教職調整手当を名目に長時間時間外労働をしている教職ではないでしょうか。しかも、給与水準、時間水準は遙かに低レベルのモデルです。昔教師は「聖職者」という意味あいが社会に定着していたと聞きます。それはある意味教師の裁量を増やしていって仕事の内容や量をも増やしていったといえると思います。
今はどうでしょう。以前あった裁量の範囲は狭められていることは確かでしょう。更に免許更新制や指導要領の更新でほぼ強制的な研修がじわじわと進められ、教師にとって本来的な研修を選ぶ時間やモチベーションがおちていると思います。あらためて、教師の研修の内容が問われてきているように思います。                  (その3に つづく)

堂々庵

一般分科会6 「地域づくり×人づくり」~若者が地域をつくる~

ここに本当の主権者教育があるのではないか?

「村岡高校のような学校で、学んでみたかった」「彼・彼女らの表情やまなざしが、3年間で大きく変わっていった」「私から見れば『地域の隠された魅力』というのは、村高そのもので」あった。これは、地域探求の授業に3年間かかわったある鳥取大学の教員のことばである。この大学教員にこう言わしめる村岡高校とはどういう学校なのだろうか?

A「私は香美(かみ)町職員となって香美町の課題に真正面向き合って活性化に貢献したい」「将来教員として地域と学校へのつなぎ役として恩返ししたい」
B「大学を卒業して地元に帰ってくる。私の地域活性化案実行に移したい」
C「大学に進学し村岡を外から見ることになる。村岡に何ができるかを見つけ出し、地元に恩返しをしたい」
D「教員になり、地域をつくる後輩を育てたい」
E「この3年間は人生を大きく変えた。地域の状況を知り、地元に返ってきて地域の活性化に活躍したい」
一つひとつが卒業生たちの声である。

かつて、兵庫県北部の但馬(たじま)の地で活躍した教育者東井義雄氏は「村を捨てる学力」ではなく「村を育てる学力」の必要性を説いた。これらは、村岡高校が「村を育てる学力」を生み出していることを証明する。
「村を育てる学力」を彼・彼女らの中に生み出すために、今井さんたちはどのようなしくみをつくりあげただろうか?そのしくみの何が生徒たちに変化を生み出したのだろうか?なぜ彼・彼女らは地域を愛するようになったのか?

村岡高校の実践は、過疎地だからできたのではないと思う。真に若者に必要な学力とは何か?そのために必要なしくみは何か?主権者教育としてとらえ直しながら、ともに考えたい。(運営担当 藤本幹人)