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一般分科会3「しあわせといのちの授業」

 8月4日(日)午前 一般分科会3「しあわせといのちの授業」の司会を担当します。

 皆さん、最近は「~力」ブームですよね。授業でもよく「これこれこういうことをやったから、こういう力がついた、つけられる」とか言いますよね。でもそんなこと、そもそも検証できるんでしょうか?「模擬裁判をやったから論理的思考力がついた、つけられる」などと言い切れるもんなんでしょうか?

 レポーターの宮田さんはそんな風潮や考え方に異を唱えます。一方で宮田さんの授業は「学校の授業の可能性」を考えさせる実践です。学びの貧困化が蔓延る現在、あらためて「授業の持つ可能性」について考えたいと思います。

札埜

一般分科会9  生徒会 市民性を育む生徒会選挙のとりくみ

国大会の初日、8月4日の午後の分科会で「生徒会 市民性を育む生徒会選挙のとりくみ」のレポートを発表します。このレポートは現在の勤務校で生徒に、少しでも自治的な体験をさせようと思い、選挙管理委員会の顧問として取り組んだ実践です。

もしかしたらどこの学校でもそうかもしれませんが、本校では生徒会選挙はかなりいい加減におこなわれていました。規約を無視したり、得票数を公表しなかったり、投票用紙を後ろから集めたり・・・・。しかし、言うまでもなく学校は教育の場です。絶好の政治教育の場であるにもかかわらず、選挙がなおざりに行われていることは本当に勿体無いことです。

政治は民主主義の「作法」に則って行われます。その「作法」は文字に書いて、教科書で学ぶような性質のものではなく、実際の体験を通してしか学ぶことができません。生徒会選挙においては、投票することによって、あるいは自分が意見表明することによって切実な生活要求が解決する、そういう体験をすることがすべての青年に必要です。

先日の参議院選挙は、全体の投票率は48%でした。1995年の参院選以来の低さです。とりわけ18・19歳の投票率は31%にとどまりました。そのような中、NHKを批判するだけの政党が2%を得票し議席を獲得しました。もはや民主政治の土台が崩れつつあると言わざるを得ない状況になっています。

「政治」とはテレビモニターの向こうで行われているものではありません。生活の中で必然的に発生するさまざまな要求や紛争を解決するのもまた「政治」です。そういう意味で、「政治」は私たちの身近な生活の中にあります。まさに「The personal is political.(個人的なことは政治的なこと)」なのです。

酒田孝(青森)

一般分科会7  授業 「主体的・対話的で深い学び」とは何なのか?

 滋賀県の西村太志さんと藤本幹人さんが共同開発した教材を使った授業実践報告です。テーマは『「主体的・対話的で深い学び」とは何なのか?』。これまでの一斉授業と一般に行われてきた「参加型」授業を越える試みです。

 目指したのは、自分の意見を出発点に他者の意見を聞き,場合によっては取り入れて,自分の意見を深められるような授業。そのために、現実社会の論争問題を扱い討論によって考えを深め,解決の方向性を見いだす「論争問題熟議授業」を開発。「国立マンション訴訟」の判例を用い、「幸福追求権」と「経済活動の自由(財産権)」という「人権同士の衝突」がおこったとき,どのように解決していけばよいかを生徒たちは議論を通じて深めています。

 限られた時間の中で、どうすれば生徒たちの考えを明確化し、争点化し、有機的に議論ができるのか。班討論・紙上討論(「賛否コメント」と「班回し読みコメント」)・対面討論(ディベート的討論)・小論文(景観論争最終意見)などのいろいろな方法が用いられています。当日は模擬授業形式で進行し、みなさんも生徒の立場に立って、「論争問題熟議授業」を体験しながら実践分析を共同で行おうと思っています。

 子どもたちが「主体的に考える」ためには、どのようなテーマを設定すればよいのか。「対話をしながら考えが深まる」ためには、どのような形態で授業を展開すればよいのか。実践分析をしながら、参加者で共有化できたらと思っています。

世話人 浦崎勇一(熊本)

 一般分科会4「学びの問いはどこから」の案内と宣伝です。

高校一年生の国語の授業なのですが、授業者の古川優子さんは、投げ込み教材として、柚木麻子「フォーゲットミー、ノットブルー」を使っています。この小説は、私立女子高校での「いじめ」が描かれています。「まじめな」子が、「自由奔放な」子に惹かれつつも、その奔放さに翻弄され、嫉妬・羨望・怒りなどがないまぜになっていじめに手を染めてしまう、というストーリーです。思春期の高校生が読むと「わがこと」のように感じることができるでしょう。「ふつうの」子が「ちょっとしたこと」がきっかけになって「とりかえしのつかない」地点に行ってしまう、こんな高校生の繊細で危うい内面を学ぶことができるという意味では、高校教師にとっても「刺激的資料」だと言えるでしょう。
 この小説には、まじめな主人公が、奔放な友人に「学校は退屈なので江ノ島に行こう」誘われる場面があります。彼女は断ったのですが、友人からは「意気地なし」と言われてしまいます。そのほか高校生が大学生の彼氏の車に乗るような場面もあり、硬いタイプの学校の先生は「悪い影響を受けるかもしれない」などという「道徳的配慮」から敬遠されそうです。
しかし、「道徳と文芸は異なる」のです。ここがわからないと小説を読む意味を説明できません。ちなみに主人公が「意気地なし」と言われた事件は、後の「いじめ」の伏線・端緒にもなっており、古川さんの授業ではこの場面に焦点化した授業展開になっています。
 こんな「おもしろい」小説をよくぞ探してきた古川さんの見識も立派なら、こんな小説を「研究授業でとり扱うことを認める」和光高校の度量も立派だと思うのです。
 みなさま、ふるってご参加ください。ですが、ここで難点が一つだけあります。この教材文は、新書で70ページあるのです。物語の展開は早いのでふつうの大人なら「一気に読める」のですが、そうはいっても「予習、下読み」していただかないと、当日の議論には参加しづらいと思います。
「フォーゲットミー、ノットブルー」は、柚木麻子『終点のあの子』(文集文庫、533円)に載っていますので、事前に読んでいただけるとありがたいです。もちろん、当日の初日から受付で「コピー」も準備していますので、第1日の空いた時間に読んでいただいてもかまいません。               (運営担当者:白石陽一)
『終点のあの子』

文化祭はいま、生徒が育つ大切な場所 一般分科会5「文化祭を通して『対話』のできるクラスに」

昔と違って、今の文化祭は夏休みの前に実施しているところがあります。
就職試験や受験勉強に影響を最小限にとどめるため、学校運営の側からきている日程だと思われます。おそらくそんな学校の担任は、文化祭の指導や定期テストの成績処理、保護者会準備など、今の時期猛烈な多忙さを抱えているのではないでしょうか。
大会2日目午後の部、一般分科会5「文化祭を通して『対話』のできるクラスに」は、そんな夏休み前の7月最初に文化祭が行われている学校の実践です。
3年生の4月当初から文化祭に向けた取り組みが始まるのです。
生徒たちの熱量がほとばしるような報告になること請け合いです。
是非おこし下さい。

みなさんの学校やクラスではどんな文化祭が行われているのでしょうか。
HR企画を担任として采配したり、黒子に回ったり。担任の立ち振る舞い方で生徒は大きく成長するように思います。「文化」という大きなくくりで非日常を学校の場に作りだす作業は、互いの関係性の中で授業とは違った学びがつくれるのではないでしょうか。
あるいはこんなこともあると思います。
「もっと担任としてHRの生徒と関わりたいのに、部活や課外に追われて生徒も教師も時間がな〜い!」と。
ない時間をどう作るのか?
それこそがHR担任の文化祭づくりのキモではないでしょうか。

私は、生徒同士が顔を合わす時間が極めて少ない総合学科の高校で2年次のHR担任をやっています。生徒が秋の文化祭に向けて「ジェットコースター」の企画を持ち出してきました。
見通しはまだまだできていないのに、夏休み前に皆で顔をそろえるのはあと2日しかありません。
生徒会から支援される予算も少ない! さて、HR、どうする私!

安藤誠也