カテゴリー: 一般分科会PR

一般分科会1  行事を通じて生徒の自治と教員集団を育てる試み

学年がリーダー育成や集団的な生徒指導を目標として持たなくなったのはいつからだろうか。現在、私が副担任として関わっている学年も、年度の始めに立てる学年の指導目標は規範指導と進路だけで、リーダーの育成であるとか、行事を通して生徒の社会性を育てるなどという視点は抜け落ちている。いきおい、行事などでは教師が企画して生徒がその通りに従うという構図になりがちである。その際、生徒に求められるのはルールに従うことだけであり、生徒たちがきちんとルールを守れたかどうかでその行事が評価されてしまう。それでは教師たちが、学年という集団、あるいはクラスという集団には教育的な力はないと思っているのかいというと、そうでもない。私を含め教師達は、集団の中で生徒が成長していくことや、傷ついた生徒が癒えていくことなどを日々実感している。

先日も、あるクラスの中の2つの女子生徒の集団が激しく対立する事件が起こった。2つの集団は表面上でも、ネット上でも激しく互いを攻撃しつつ、グループ内部でもトラブルを起こし一部の生徒はグループから離脱していった。狭い教室の中でそんなふうに抗争しているものだから、一方のグループは教室に入れなくなってしまった(このあたりの顛末は別な機会に詳しく紹介したい)。しばらく別室にこもっていた一方のグループの生徒達は、楽しそうな遠足や体育祭などには参加するという。驚いたことに、遠足や体育祭に取り組む中で、この対立は次第に沈静化していったのである。今回、この事件を通して私たちは「集団の教育力」とでもいうべきものをまざまざと実感することができた。このような集団の教育力を意識的に目的化するかしないかでは学年経営やクラス経営に大きな差が出てしまう。かつてはどこの学年も、行事を中心に生徒集団を動かしていたと思うが、次第に踏襲されなくなり、忘れられてしまったのだろう。


今年の全国大会の一般分科会の第一分科会は大阪の山野先生の学年実践「行事を通じて生徒の自治と教員集団を育てる試み」である。学年として「行事を通して生徒を育てる」ということを明確に目標化し、取り組んだ2年間の実践報告である。生徒を巻き込んで行事を作り上げる中で、いろいろな背景を持った生徒が登場し、行事に関わり、成長していく様子が描かれている。生徒とかかわる時、一人ひとりにフォーカスしすぎると行き詰まってしまうが、視点を変えて、集団として生徒を動かしていくといろいろなことがうまくいくことがよくある。このレポートから、「集団の教育力」で個人を成長させる、そんな学年の生活指導を学ぶことができると思う。

T.S(青森高生研)

一般分科会6 「地域づくり×人づくり」~若者が地域をつくる~

ここに本当の主権者教育があるのではないか?

「村岡高校のような学校で、学んでみたかった」「彼・彼女らの表情やまなざしが、3年間で大きく変わっていった」「私から見れば『地域の隠された魅力』というのは、村高そのもので」あった。これは、地域探求の授業に3年間かかわったある鳥取大学の教員のことばである。この大学教員にこう言わしめる村岡高校とはどういう学校なのだろうか?

A「私は香美(かみ)町職員となって香美町の課題に真正面向き合って活性化に貢献したい」「将来教員として地域と学校へのつなぎ役として恩返ししたい」
B「大学を卒業して地元に帰ってくる。私の地域活性化案実行に移したい」
C「大学に進学し村岡を外から見ることになる。村岡に何ができるかを見つけ出し、地元に恩返しをしたい」
D「教員になり、地域をつくる後輩を育てたい」
E「この3年間は人生を大きく変えた。地域の状況を知り、地元に返ってきて地域の活性化に活躍したい」
一つひとつが卒業生たちの声である。

かつて、兵庫県北部の但馬(たじま)の地で活躍した教育者東井義雄氏は「村を捨てる学力」ではなく「村を育てる学力」の必要性を説いた。これらは、村岡高校が「村を育てる学力」を生み出していることを証明する。
「村を育てる学力」を彼・彼女らの中に生み出すために、今井さんたちはどのようなしくみをつくりあげただろうか?そのしくみの何が生徒たちに変化を生み出したのだろうか?なぜ彼・彼女らは地域を愛するようになったのか?

村岡高校の実践は、過疎地だからできたのではないと思う。真に若者に必要な学力とは何か?そのために必要なしくみは何か?主権者教育としてとらえ直しながら、ともに考えたい。(運営担当 藤本幹人)

一般分科会3  教育活動をリフレーミングする教育相談

「教育相談」を学校の中でどう位置づけるか?

藤野さんは「(教育相談は)重要度は認知されていても地味な扱いをされている。・・・」と書いています。しかし、教育相談という立場だからこそ、他の教員と異なる視点でみることができ、「学校を問い直す」こともできるのだとも言っています。

そこで、この「リフレーミング」という発想がでてきます。「リフレーミング」とは、あまり聞き慣れないことばかもしれませんが、生徒本人の視点で今起きていることを捉えなおすことです。生徒目線のストーリーで考えると、今起きていることや起こったことの違った面が見えてきます。

私は何回かこの藤野さんの実践報告を聞いたことがありますが、個々の生徒に対応するだけでなく、学校づくりの視点をもって、組織としてどう動いていくのが生徒にとっていいのかを考えている人です。そのため、いつも参考になることがたくさんあります。

今回は具体的な実践の中身は紀要には掲載していませんが、当日は口頭で実践も報告しながら、わかりやすく「リフレーミング」を掘り下げていきます。「教育相談」に関心がある人も、そうでない人もこの「リフレーミング」は生徒を理解するためにはとても参考になると思われます。多くの方に聞いていただけたらと思います。