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一般分科会8 HR「文化祭づくりの中で起きた女子どうしのトラブル」分析に向けて

(1)実践記録の特徴

前半は、文化祭での「アジアン風お菓子屋さん」の取り組みを通してのHR集団づくりの指導。 2人のリーダー理沙と友那の活動を軸に、彼女らを取り巻く活動的な優香、美優、ドアンらが絡む(問題の種も蒔かれる)。販売活動の中心だった友那の文化祭2日目は「開店しない」という決定をめぐって、再討議が行われる。

後半は、文化祭の取り組みと修学旅行の部屋割りをめぐる優香と理沙、沙紀、夏美のトラブルを解きほぐし、一定の和解に至るまでの親密グループの指導。優香は、自分が考えた装飾のアイデアを理沙に横取りされたと感じ、また彼女を裏で攻撃したことをクラスに知られたと思い、学校に来れなくなる。また修学旅行の部屋割りで、人間関係の好き嫌いを不用意に出してしまったことから孤立する。

(2)分析のねらい

文化祭指導に頭を悩ませる担任は少なくない。そもそも、文化祭を通じて何を指導するのか、何を持って「文化祭の成功」とするのか、その観点が曖昧なことも多い。そこで高生研らしく議論を進めるために、文化祭を通じて、石田実践記録の中から「リーダー」「活動グループ」「話しあい」をどう指導したかに着目したい。…中略…

後半、石田さんは、4人の女生徒のトラブルを丹念に解きほぐし、一定の和解と謝罪にまで至っている。「いつも大切に思っていたことは、生徒に寄り添いながら生徒のホンネを引き出そうとすること。該当生徒との対話や話しあいを行う中で解決策を見いだしていくことであった。このやり方であると、苦にならず逆に楽しみながら対応できた」という。その柔軟さ、生徒とともに困難をも楽しんでしまう姿勢は、生活指導教師の面目躍如である。

だが、なぜ、4人の亀裂をここまで修復できたのだろうか。石田さんのねばり強い指導はもちろんだが、文化祭を通じての4人それぞれの成長が、修復に踏み出す勇気や見通しを獲得させたのではないだろうか。4人それぞれの側からこの修復の持つ意味を考えてみたい。

(3)分析の柱

A.議論前半

①理沙と友那がリーダーに成長していく場面をさがしてみる。2人のリーダー性にはどんな違いがあるか、分析してみる。

②優香、美優、ドアンが頑張っている場面をさがしてみる。それらを通じて、どのような関係が生まれたかを想像してみる。

③友那の「明日はやらない」を受けた翌朝の「話しあい」のよい点と問題点を明らかにしてみる。

B.議論後半

①優香と理沙は、修復を通じて、それぞれどのように成長したのか(しなかったのか)

②優香と沙紀は、修復を通じて、それぞれどのように成長したのか(しなかったのか)

③ ①と②の修復に関わって、あなたが担任ならどんな指導言を考えるだろうか。

 

多くの方の参加をお待ちしています。           (大阪 井沼淳一郎)

一般分科会2 HR「ある学級における、学級づくりのあゆみ」

重い障害を持ったS君のいるクラス。他にも数人発達障害を持った生徒がいる。

山本先生は生徒たちをつなごうと、楽しくみんなが参加できるHRづくりを行う。

と同時に生徒の不満や声を丁寧に聞き取りつなげようとする。

しかしS君の世話をしていたH君がS君へ暴力事件を起こす。

山本先生は学年団の支援を元にH君の不満を聞き取り、S君への対応に当たる。

一方文化祭は企画案を丁寧に議論し、クラスとしても楽しめる企画と

なった。S君はごみ捨てでクラスに貢献できたと喜んでいた。

発達障害の生徒へのケアと成長をHR集団の成長とつなげ、

どうように指導していくか、醍醐味のある報告です。

是非ご参加下さい。

 

     運営委員 森 俊二

一般分科会6 生徒会「スノーフェス~新設”冬の遠足”の取り組み~」

「昼間の定時制にいます」と自己紹介すると、大概怪訝な顔をされます。 「定時制?昼間?どっち?」という質問に「定時というのは決まった時間内に必修授業が組まれる形態のことで、就学時間は関係ない」と説明するのですが、一般に定時制は夜間にやっている、というイメージが強く、私や、報告者の長谷川さんの勤務する昼間定時制の意義や役割はあまり理解されていないように感じます。 単位制で自分のペースで学習ができ、全日制のような厳しい校則がなく、教室にいる人数も少なく、多くの高校生が通う昼間の時間帯に通える「昼間定時制」。集まってくるのは、中学まで不登校気味で学校での経験が薄い子や、発達に問題を抱えていたり、知的に遅れがあったりする学習に困難を伴う子、家庭環境に不安を抱える子など、なにかしら心に影を落としている生徒たちががほとんどです。そんな彼らだからこそ、高校という場でしか得られない学びを存分に身に着け、たくましく社会を生き抜くよすがにして欲しいと、教師は強く思っているのですが、実際には「学ぶからだ」ができていなくて、なかなか染み込んでくれない、というのが現状です。生活に不安があったり、人間関係に疲れていたり、使われていることばの意味さえわからなかったりすると、高校の学習どころではないのも仕方がないという気にもなります。学びの前に立ちはだかる、一般的には見えにくいさまざまな障害。それを超える「からだ」を作るために、長谷川さんが取り組んだのは、生徒の思いから始まる行事づくりでした。 「行事を通して生徒は成長する」という実感が、生活指導教師にはあります。しかし、「行事精選、学習時間確保」を謳う多くの同僚に、その感覚をどう伝えれば理解されるのか。「行事」の何が「生徒の成長」につながるのか。感覚だけではなく、ロジックとして提言できれば、もしかしたら、9月からの学校が少し変わるかもしれない。(個人的な思いですが)そんなロジカルな「行事論」「生徒会論」に迫る実践分析を目指したいと思っています。

一般分科会6 運営担当 伊藤香織

一般分科会3 「したがわせる教育から自他の声に耳をかたむける教育へ」

「去年のクラスは割とうまくいったのに、今年はなかなか・・・」

「的確な指導(指示?)のできる先生を生徒は求めているのでは?」

「私は、生徒になめられているような気がする」

「学校の管理的な雰囲気に飲み込まれそう」

「生徒との距離が取りづらい」

そんなことを1つでも考えたことのある方は、ぜひこの分科会へ。

 

報告者の東山さんは、転勤後すぐに1年生を担任します。そのクラスは、東山さんの指導方針をおおむね受け入れ、東山さん自身もなかなかいいクラスになったかなと思っていました。

そして2年目、誰も引き受けたがらないある生徒をクラスに迎え、なかなか彼女との関係が取れません。また、1年生の時に「強い指導」「引っ張てくれる担任」を経験した生徒たちが、東山さんを「なめている」様子。学校は、管理主義的雰囲気が強く、生徒たちも表面法はおとなしくしたがっているように見えます。でも、そんな雰囲気になじめない生徒も出てきます。

東山さんもいろいろ悩み、考え、生徒への接し方を工夫します。そして、生徒たちは・・・。

管理主義的な雰囲気の強い学校で、どうすれば「アメとムチ」ではない指導が生徒に届くのか、参加者で考えます。で、報告者・参加者とともに打開の方向を探りましょう。

「トラブルメーカーY子に担任の私が伴走して」(一般分科会HR)

運営担当 池上 聡一(鳥取高生研)

「『安心して言いたいことが言えるクラスにしよう』と伝えた学級開き。そこで出会った嘘つきで攻撃的なY子。関わりの中で父親に自尊心を傷つけられている背景を知る。嘘つきは傷つきの裏返しだという発見、何もできない私への焦りを経て、何もしないが伴走することで見えてきたこと。」

これは、大会リーフレットに掲載された、浦和さん自身の文章(実践紹介)ですが、報告の中に、「顔はにっこりしていたと思うと、般若のような顔つきになる。とにかく(Y子は)顔がコロコロと変わる、」といった記述も見られます。

「父親に自尊心を傷つけられている」Y子の現実が、嘘や攻撃性という形の自己表現につながっているのではないか、というのが浦和さんの直感です。そして現実に、クラスメートへのいびつな自己表現、いびつな関わりは、さまざまな問題を引き起こすのですが、この事例・実践は、参加者にも様々な問題を突き付けてきそうです。例えば・・・

①Y子との関係の中で「傷つけられた」と訴える個人を守り、安心していられる居場所をつくる(安心して居られる関係性ができるよう励ます)にはどのように実践していくべきか。

②Y子が直面していると考えられる現実(虐待され自尊心を傷つけられている現実)を踏まえて、「いびつな関係づくり」を乗り越えていけるよう励ますにはどうすればいいか。

③このような虐待を疑われる事例において、保護者をどのように把握・理解し、どのように関わっていくべきか。

④学級の公的な活動の場で問題があふれ出した時、どのように対処していくべきか。傷つけられた子どもにとって学校は解放と癒しの場になりうるが、生徒同士が対等平等の関係を築いていくために何ができるか、等々。

報告を一緒に分析・検討することで、生徒の様々な現実だけでなく、実践の道筋・ヒントが必ず見出せると思います。ぜひ、ご参加ください。