退任の常任委員の皆さんに拍手を

青森高生研 木村 一男

 新機関誌「高校生活指導 18歳を市民に」が遂に届きました。カラフルに印刷された封筒を開封し手に取ると、新高生研スタートの予感に感慨ひとしおです。
 私は1996年の青森大会(三沢市古牧温泉)の翌年、大阪大会総会で地方常任の末席に加えていただきました。以来、これといったお手伝いもできずに今日に至っていますが、私個人にとっては大変魅力的で刺激ある16年間でした。心から感謝したいと思っています。
 さて、この夏の総会で現常任委員会は解散となりますが、これまでその中心となって支えてこられた皆さんの思いが、機関誌や全国通信、東京大会応援ブログから伝わってきます。一会員として感謝の拍手をお送りしたいと思います。
◆ <機関誌2012夏季号 193号(6/10発行) 青木書店発行の最終号>
① P.130 内田書記局長「高生研常任委員会 解散・退任いたします」… 船橋先生の後を引き継
ぎ2度目の書記局長登板となった内田先生。“閉じること”を“開くこと”につなげる大変なご苦労があったことと思います。「先人達が築いてきたよきものを伝えられ、新組織の誕生に立ち会えることに感謝し、常任委員会解散・退任のご挨拶といたします。」という言葉には、継承・発展・新生に最も近い場所で関わってこられた皆さんの実践者としての良心が代弁されているようで感動しました。
② p.132 上條先生「編集後記」… 現高生研最後の代表として困難な時期のかじ取りをして下さ
った上條先生。文字通り最後の編集後記ですが、交代で編集実務を担当された池野先生とのパートナーシップなどを軽やかに書いて下さいました。池野先生もそうですが、本当に大変なことを深刻に「大変だ」とは言わない、その心持ちの在りようにはただただ脱帽そしてリスペクトでした。
◆ <全国通信 2012年 夏・最終号 162号(7/8発行)>
① P.32 池野先生「編集後記」… 「財政的にきびしくなったとき、池野眞さんが編集実務を報
酬無しで引き受け、発行を続けることができた。」(上記・上條先生) 上條先生の前に代表もつとめられた池野先生。その編集後記をあらためて掲載します。「皆さん、長い間ありがとうございました。これにて全国通信の制作も終了します。なんだかんだと言ってもやはり人が変わらなければ組織もその発行物も変わってはいきません。私たちが退場することによって、文字通り新しい高生研とその機関誌、会員通信が登場すると思います。(中略)これからは新高生研の活躍を影ながら見守っていきます。さようなら。」 1989年から23年と4カ月の常任委員としてご活躍いただいた池野先生、本当にありがとうございました。5月、最後の全国委員会(於東大)の会議中、会場の後方で、正面を背景に、前に伸ばした手に持ったカメラをご自分に向け、さりげなく一人写しをされていた池野先生。「さようなら」はちょっとこたえます。
② P.20 池野先生「メキシコ料理の会!?」… 5/26に池野先生宅で行われた「高校生活指導」
青木書店最終号の常任委員会校正作業と作業終了後の「メキシコ料理の会」が写真付きで報告されています。また「東京大会応援ブログ」でも6/21「最後の高生研な日々(その2)」(カテゴリー「未分類」)の中で詳しく紹介されています。実務を苦にせず分かち合い、一緒に食べたり飲んだりすることを大切にするというサークル運動の原点を最後に示していただいたような思いでした。(5/12「最後の高生研な日々(その1)」もご覧ください。)
 ◆<東京大会応援ブログ 7/7 片桐先生「最後の常任委員会」>
 6名の参加者で10時から始まった常任委員会。午前は会員通信発送作業、午後は大会紀要の校正作業。15時からの会議が終わったのは17時半。片桐先生は「長い一日でした。皆さん口々に“今日で最後か…”、“もうこんなことすることもないんだなあ”と感慨深げでした。」と、最後の常任委員会の幕が閉じた場面を淡々とそして淋しさも込めながら記録にとどめて下さいました。皆さん、本当にご苦労さまでした。そして、ありがとうございました。
 東京大会は、長く書記局長として困難な時期を乗り越えてきてくださった船橋先生が実行委員会事務局長です。新しい未来を展望できる大会となるよう、お互いに頑張りましょう!!
 

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