新高生研は、「頑張らない」

消閑亭です。
きょう4月21日に、熊本高生研の人たちが『高生研全国通信』第161号(春号)の発送作業をして下さったと思います。印刷、製本、袋詰めとけっこう面倒な作業だったことでしょう。
 161号の版下は私がつくりました。
 この『高生研全国通信』をつくるのもあと1回だけとなりました。
 『高生研全国通信』は、1997年4月、ちょうど100号から私がつくり始めました。それまでは『高生研会員通信』という誌名でした。
この『高生研会員通信』は、まだパソコンがあまり普及してなかったこともあって、ちゃんと印刷所に頼んでつくっていました。ミニ『高校生活指導』のようなもので、それなりにかっちりしていて、編集は大変な作業でした。そのために、衰退期に入った高生研としては、きちんと定期的に発行することができなくなりつつありました。
 『高生研全国通信』が発行される少し前、会員数の減少を食い止めるために、会費の口座引き落とし制度を導入しました。かなり異論もありましたが、最終的には合意されました。
反対理由の主なものは、「会費を手渡しすることで人間関係が維持される」というものでした。一理ある意見です。ただ、情勢分析はできていない意見でもありました。引き落とし制度を導入しなければ、今ごろ高生研は、あっても名ばかりの団体に落ちぶれていたと思います。
 多少の軋轢を覚悟して引き落としで制度を導入した手前、会員通信くらいきちんと年4回、季刊で出さないとまずいだろうと思いました。それで、私が手づくりで『高生研全国通信』として発行し始めたのです。「全国」通信としたのは、「会員」通信では、地域高生研の会員通信と紛らわしいからです。
 その第100号は、NECのワープロでつくった縦書き12ページのものでした。あのころのワープロは、それなりに日本語の紙面をつくるには適していたとみえ、いま見てもきれいな紙面です。
 私はやると決めたら、けっこう頑張って続けます。民間教育運動を担っていた人はみんな言っていたことですが、「継続は力」です。とにかく、内容なんか二の次で、定期的に続けること、これが大事です。ということで、数号をほかの人が書いたものの、ほとんど60号、年4回つくり続けました。
疲れました。あと1号でやめられるかと思うとほっとしています。
 こういうことはどこかで区切りをつけなければなりません。特に、退職教師というのは、もう生徒の顔を見ていないのですから、通信をつくっていても、単なる作業員に過ぎません。教師をやっているからこそ、こういうことも楽しいのです。
 現役教師も、退職教師に頼っていてはいけません。だから、高生研は、いったん解散すべきなのです。私は、誰が何と言おうとも、東京大会で高生研はいったん解散だと思っています。
 戦後民間教育団体は、歴史的使命を終えたことを自覚すべきだと思います。「継続は力」などと古いことを言っていた人たちは、退場すべきときです。
 そして、こういう決意が、幸いにも、まったく新しい組織形態をもった、新高生研を生んだと思います。
思えば、戦後民間教育運動も男社会の申し子でした。「何が何でもやりきる」みたいな発想で、家事と育児を妻に任せて夜遅くまで活動に邁進、これでは女性会員が少なくなる訳です。
 新高生研は、みんなが平等で、変な権威をつくらず、軽やかに、誰でも参加できる、そういうものになっていけるような気がしています。
頑張らないで下さい。一銭も儲からないのですから。
 楽しいと思える、やれる範囲のことを(なんて言うことも、余計なことでした)。

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