大会参加者数は190人でした

東京大会の受付・千葉高生研より
 第50回大会・東京大会が無事終了しました。大会参加者数は、190人でした。前回の東京大会=2005年の第43回大会(芝学園中学・高校)の参加者数が203人でしたので、少し目減りしましたが、まずまずの成功ではなかったかと思います。
 学生の参加者が37人と多く、若者が多いということで華やいだ雰囲気があった。

県別参加者数
東京38(内学生6)
秋田21(内学生15)
群馬20(内学生8)
千葉17
神奈川12 大阪12(内学生1)
埼玉9
静岡7
青森6 京都6(内学生2)
茨城5 愛知5(内学生2) 沖縄5
北海道4 
三重3 滋賀3 熊本3
山梨2(内学生1) 長野2 和歌山2 
岩手1 山形1 宮城1(内学生1) 福島1 岐阜1 兵庫1 鳥取1 徳島1(内学生1)

合計190(内学生37、院生を含む) 28都道府県
日別参加者数
8月10日(金) 125(当日参加27)
8月11日(土) 158(当日参加17)
8月12日(日) 137(当日参加7)
全日程参加 78
2日間参加 32
1日間参加 43
学生参加 37(学生の場合は一律1000円の参加費なので何日間参加したかは不明)
 東京大会だったので当日参加が多く、これが参加者数を押し上げた。また、1日参加も多かった。

講座別参加者数
全体会(講演・シンポジウム) 約120
一般分科会
1 H R 1(1日通し) 29
2 学年・学級(1日通し) 28
3 H R 2(午前) 32
4 青年期の成長(午前) 22
5 総合学習(午後) 33
6 授  業(午後) 38

問題別分科会
1 若者の就職支援を… 20
2 実践記録をどう… 23
3 ケアが必要な… 28
4 福島の現状と… 24
5 政治と教育の… 27

大交流会 113(内学生23)
高生研総会 79
 分科会の参加者数はうまく平均化され、どの分科会も20人以上だった。例年のように極端に少ない分科会がないのがよかった。
 高生研総会は、例年は40人台の参加者数だった。今年は新高生研発足ということでさすがに多かった。

東京大会 延べ190人の参加を得て終了

東京大会が終わりました。
学生の参加を30名以上。
大会を通しての延べ参加人数が190人を超えたと報告がありました。
新たな「分散型リーダーシップ」による組織運営が確認され、これから高生研の節目の大会となったことは間違いありません。
おそらくこの大会応援ブログも、発展しながら引き継いでいくことになると思います。
多くの会員や参加者で支えられた全国大会同様、この応援ブログ「ふいのまじわり」も多くの執筆者によって支えられてきました。
この場を借りて、執筆してくださった皆さんにお礼を言います。
忙しい中、記事を送っていただきありがとうございました。
しばらくは、大会の余韻を楽しむべく、記事の掲載があり得ます。
今後とも、布衣の交わりとしての高生研全国大会応援ブログをごヒイキに!
アンドウ@三重

大会担当兼受付担当から!

大会担当(兼受付担当 元会員登録担当)の片桐です。
まずはお詫びから・・・
この間、受付処理や受付名簿づくり等の準備に加えて、生徒会指導、
部活の練習で体も頭も休まる時がありません。
大変申し訳ありませんが、受付確認の連絡までは手が回りません。
どうぞお許しください。
重点課題の新規登録のほうは京都の瀧内さんに移行しつつありますが、
退会される方や会費未納分の振込などもあり、それらの処理にも手間がかかります。
かなり消耗しておりますが、大会が始まってしまえばこっちのものというか
皆さんが活躍されるはずですので、それまでは何とか踏ん張りたいと思います。
8/4現在、参加申込はようやく140名を超えたところです。
これは決して満足できる数字ではありません。
当日いきなりでも結構ですから、多くの方の参加をお待ちしています。

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高生研2012東京大会応援ブログ「ふいのまじわり」担当のアンドウです。
いよいよ大会が近づいてきてこの応援ブログも先が見えてきました。
約8ヶ月もの間、多くの執筆者(延べ145の記事が更新されています)に
支えられじわーっと東京大会を応援してきました。
左側のリンクもつたないタグの知識を駆使して、使い捨ての記事にならない工夫をしています。それから、右肩のクリップマークのあるArchiveをクリックすると過去の記事全てのタイトルを見ることが出来ます。もちろん携帯やスマホにも対応していますので、出先からでも気軽に見ることが出来るはずです。間際になって「あの全体会はどうなっていたっけ?」という疑問にも対応できるのです。
今からでも「ふいのまじわり」を職場や仲間にPRして下さい。
結構見応えあると思っているのです。
10日(金)の大会初日に更新を済ませて、私も東京、東洋大学へ向かいます。

124人、25都道府県から申込み

124人、25都道府県から申込み
東京大会受付・千葉高生研より
この1週間で20人ほど参加申込みがありました。東京が20人の大台に乗せましたが、新たに申し込まれた方のうち5人は東洋大学の学生です。これで学生は24人となりました。約5分の1です。
山形県と兵庫県から初めての申込みがあり、これで25都道府県となりました。過半数の都道府県から申込みがあったことになります。
 リーフレットに申込み締切日を7月20日と書いたために、「締切日を過ぎても大丈夫ですか」という問い合わせが数件ありました。全然問題ないわけで、これからは申し込み締切日を設ける必要はないと思います。これは宿舎を斡旋していた時代の名残ですね。
 さて、大会まであと1週間あまり、申し込みを加速させてください。

7月29日現在124名
東京20
秋田19 
千葉13 
群馬12
静岡8 
神奈川7 
京都5
青森4 熊本4 大阪4
北海道3 茨城3 埼玉3 沖縄3 
宮城2 山梨2 三重2 滋賀2 長野2
山形1 福島1 愛知1 兵庫1 和歌山1 鳥取1
学生・院生24(上記に含まれています)

見守ってくれている仲間たち

 191号に「流されていく日常を拒む精神」という題名で、基調発題を終えた感想を書いた。そのなかで1966年、私が小学校6年生のときに「やきいもやさん」という作文を書いたことに触れた。この作文は東京都東久留米市の作文コンクールに応募したものだから、活字になって残っているかもしれないが、私の手元にはない。この作文に再会したい気もするが、探そうとまでは思わない。
 つい先日の12月18日、群馬高生研の事務局会議があり、私の実践史を知っている瀧口典子さんが「船橋さんにとって大切なものを見つけた」と言って、B5版1枚の職場新聞「かわかぜ」をくれた。1987年12月5日に私が書き、前橋工業高校分会が発行したこの職場新聞の題名は「『タイ焼き』の由来」(約600字)というものだった。12歳のときは「やきいも」で、33歳では「タイ焼き」だったと知って、楽しい気分になった。
 この「かわかぜ」をなぜ玉村高校にいた瀧口さんが持っているのか。高生研の仲間で前工の同僚だった矢野間竹松さんが彼女に郵送したのだ。当時私はそんなことは知らない。彼女への手紙には「同封した日刊“かわかぜ”は土曜日担当の船橋さんのものです。文中のT高校は玉村高校、KHは日向野克己さんです。まず読んでください」と書かれている。
 職場新聞に毎週土曜日に文を書くことが、私が実践記録が書けるようになるための大切な訓練だったと、かなり後になってから気づいた。このことは名古屋大会の基調発題「なぜと問いあえる関係性をつくろう」に書いた。
 その1年間(1987年度)の私が書いた「かわかぜ」のなかで、私の成長を示しているのはどれなのだろうか。「かわかぜ」はほんの一部しか手元に残っていないので、知るよしもない。しかし、矢野間さんと瀧口さんはそれを知っていた。そして今、その「かわかぜ」298号の「『タイ焼き』の由来」に出会えた。先に「楽しい気分になった」と書いたが、その楽しさには不思議さが含まれる。
 高生研というサークルの良さは、お互いの仕事の変化に関心を寄せあう仲間がいるということである。ときに厳しく指摘し、しばしば見守る仲間がいるということである。そういう仲間がいなかったら、自分はどこに立っているのか、どこに向かっているのか、わからなくなってしまうのではないでしょうか。
 それでは「『タイ焼き』の由来」に、もし興味のある方がいるなら、次回のこのブログにアップいたしましょう。
 第50回東京大会事務局長 船橋聖一