東と西のはざまで3

いよいよ、明日から全国大会である。

こ のブログも今日が最終回ということで、自ら選んだとはいえプレッシャーがかかる。担当者からも心配していただき、痛み入る。「東と西のはざま」ということ で3回連続の最終話は、私が今年4月から「東住吉高校」に転勤したことから東西南北のつく学校名をあげて話を構成しようと思っていたが、1話、2話よりさ らにどうでもよい話で、ブログ最終回には到底ふさわしくない。よって、この話は今後どうでもよいときのネタにとっておくことにする。では、いまからの話はどうでもよくない話かというとそうでもないが、まあ、高生研のことについて書く。

みなさんは、高生研がリニュアルしてからの大会や基調や機関誌に、なにがしかの違和感を抱いたことはなかっただろうか?“違和感”というと語弊があるのでもっとフィットした言い方があるかもしれないが、そ れまでの高生研にはなかった、あるいはあったが顕著でなかった、または何かの陰に隠れていた、そんなもの。その感覚は12月の「なめ教」分析で一層強まっ た。この感覚をいまは言語化することはできない。ただ単に思いすごしなのか、はたまた高生研の新たなストリームを創っていくものなのか。そんな思いで臨む 全国大会、懐かしい顔との再会と新たな出会いに期待する。では、全国大会でお会いしましょう。

基調発題について その2

 今晩は。
 大会実行委員長の埼玉の内田です。
 基調発題の魅力について、その2です。
 基調発題というと、小難しくてわからないと言う印象を持たれる方もいると思いますが、伊藤さんの基調発題は、自分の実践と沖縄が抱える問題から生まれているので、わかりやすいものになっています。
 伊藤さんの基調の魅力は、人が公共的な場で通用することばを獲得して行く過程が、構造的に見えるよう整理された提起となっているところにあると、私は見ています。
 ①教師の権力性を停止させ、そばにいる大人として生徒の前に現れることで生み出されることば。②行事の中でつくり出される生徒たちの新たな関係性の意味とそこから生まれてくる生徒のことば。③国語の授業(『こころ』の授業実践、憲法を読む実践)で生徒のことばを引き出し、鍛えてゆく過程。④担任として服装規定改定要求に生徒と取り組んだときに、生徒達が学校の支配的文脈を相対化し、自分たちに必要な公共性をつくり出していったこと。以上の4点が発題の柱になっています。
 さらにこの4点に共通する特徴として、⑤ことばを獲得して行く生徒達と伊藤さんとの間に相互作用があります。相互作用、すなわち互いに理解を深め相互に学ぶ、まっとうなコミュニケーションが成立しているということです。
 まあ、こんなふうに書くと、やっぱり小難しい、と言われてしまいそうですが、ここで基調の文章を公開するわけには行きませんので、こんなまとめで勘弁して下さい。
 提起されている内容の構造がはっきりしているので、議論も組み立てやすく、参加しやすいのではないでしょうか。大会当日の全体会で、①~⑤の論点にいろいろな視点から意見が出され、議論が進むことを期待したいと思います。

基調発題について その1

 今晩は。
 大会実行委員長の埼玉の内田です。
 全国高生研の理論研究グループに所属し、基調発題の制作過程の議論に関わりましたので、基調発題の魅力について書きたいと思います。
 今年の発題は「封じ込められたことばを解き放つ~小さな私が大きな世界と語るために~」で、沖縄の伊藤香織さんが発題者です。伊藤さんは、これまで「高校生活指導」にいくつも優れた実践を報告してきました。今回の基調発題は、その実践の積み重ねと沖縄が抱え込まされている問題の中から生まれてたものです。
 「ことばを解き放つ」と言えば、昨年安保法制に関わる様々な動きの中で、SEALDsの活動が注目を集め、彼らのことばが大きな力ともなったことともつながります。彼らのスピーチは、「私は」という一人称単数で語られています。「われわれは」ではないところに特徴がありました。先日「わたしたちの自由について」というSEALDsの記録映画を見てきましたが、彼らが意識してそのようなスピーチをつくっていることや、人に伝わることばを意識していることが改めてわかりました。
 伊藤さんの基調発題でも、SEALDsの橋本紅子さんのスピーチを引用し、「『私、今日ここに来る前に、夏に着る水着を買ってきて、マツエク(まつげエクステ)いつつけようかなーとか悩んでました。なんか、そんな、水着とかマツエクいつ付けるかとかで悩んでる人間が、政治について口を開くことはスタンダードであるべきだと思うし、スタンダードにしたいから、スタンダードになるまで繰り返し声を上げ続けなくてはいけないんだと思ってここに立っています。』という締めの部分を、私は今、生徒とともに目指す目標にしている。政治は、『意識の高い』『クソ真面目な』『特別な』人間だけが語るものではなく、・・・・・」と、基調のまとめ部分で述べています。
 人に伝わる自分の主張をもったことばは、どのようにしてつくり得るのでしょうか。多様な人の多様な意見が出会い、相互に理解が進み、議論されてはじめて何がこの社会にとって必要なのか、何が正しいのか見えてくる、それが民主主義ってものだと思うのです。しかし、わたしたち教師は、生徒達にそのためのことばを獲得させることができているのでしょうか。
 伊藤さんの基調発題は、そのことばの獲得について提起をしてくれます。
 皆さん、ぜひ大会の全体会での議論に参加し、この問題をともに議論し深めましょう。