学校に居場所がないと訴える生徒たちにどのように向き合い、実践を紡いでいくか 一般分科会7HRに「居場所がない生徒たちにどうかかわるか」PR

 新任の太田さんが初めて担任となった2年A組。
 1年生の時には「厳しくしつけてきた」ため「お利口」な学年だと自信をもっている持ち上がりの同僚教員。けれども実際は……

「学校へ行きたくない」、「学校をやめたい」、と訴える生徒たち。
 そんな生徒たちとの出会い、対話を通じて太田さんは「学校に居場所がない……」という問題意識を持つようになり、本報告へと結びつきます。
 居場所がないため退学を検討するそれぞれの生徒たちの生き方とどのように向き合い、実践を紡いでいくかを検討することは、まさに生活指導の探求と言えるでしょう。

(上森 さくら)

一般分科会7 「国語で扱う原発授業~授業の枠組みを考える」

ええーっ、残念やなー。
なんで応援ブログに札埜分科会の紹介がないのよ。

「憲法」のことにしろ「集団的自衛権」のことにしろ、授業でとりあげることさえ「政治的」とか「偏向」とか言われて指弾されそうなご時世ですやん。
そんななか、あえて国語の授業で、進学校での受験圧力ともたたかいながら、「政治的」事象をがんがん扱ってる札埜さんの報告ですよ。

はっきり言ってこの分科会1本参加するだけでも、遠く筑波までいく価値あるってなモンだい。

特に今回は「原発再稼働」の是非を、電力会社の社員さんと反原発運動の活動家の方の両者を教室に招き、生徒たちに問うたもの。
その結果、授業後、「再稼働賛成派」の生徒が増え、いろんな意味で「微妙」な結果と相成った。

討論を仕掛ける際の教師の立ち位置は?
結局、「何が事実か」よりも「伝え方(プレゼンや口のうまさ?)」によって子どもたちは動かされてしまうの?
いえいえ、オープンエンドで考え続ける生徒を育てられたらオールOK?

重ね重ね残念だ。
なんで応援ブログに札埜分科会の紹介がないのよ。

これは当日行って確かめるしかないってか。

(大阪・サトウ)

問題別第4分科会「福島の問題からコミュニケーションを考える」

 問題別第4分科会「福島の問題からコミュニケーションを考える」担当の内田です。
 福島のことを取り上げる問題別分科会は3回目を迎えます。今回はゲストとして事故前には原発近くの楢葉町に住んでおられ、現在茨城県に在住の森田省一さんに参加していただき、福島の置かれてきた状況を説明していただきます。森田さんには、事故前に集めていた原発で働く人達の声など、現地の方にしかわからないことをお話しいただきます。
 今年の分科会のテーマは、「コミュニケーションを考える」としました。原発の問題を探ってゆき森田さんのお話を伺うと、事故前も、事故後も、復興事業でも、様々なところでコミュニケーション不全と言えるような現象と社会的ハラスメントが見て取れます。それは、今の学校が抱えている問題とリンクしているように見えるのです。今年の基調発題でも議論される学校の中の「壁」、昨年の基調発題論議で取り上げられたゼロトレランスなど、学校の中に現れている問題なことは、コミュニケーションの拒否と言える側面を持ちます。
 そこで、この共通性を議論の俎上に上げ、支配のための“コミュニケーション”について参加者とともに考えたいと計画しています。
 皆様の参加をお待ちしています。
内田 理

一般分科会3 「HR初任研 ~はじめての学級担任~」PR

大阪の三木です。今回、第3分科会「HR初任研 ~はじめての学級担任~」の運営をし
ます。思い返せば、私も3年前の名古屋大会で初担任の1年を報告しましたが、伊藤さ
んの報告も初担任の1年を振り返ったものです。
36名で始まった1年C組。去年できなかった進級を目標とする留年生のKさん。部活動
の人間関係で悩むYさん。さまざまな課題を抱える生徒たちがいる中で、普段からコ
ミュニケーションを取ることで信頼関係を築くことに努めてきた1年。振り返ってみ
ると、「自分は担任として生徒たちに何がしてやれたのか」という思いを伊藤さんは
感じました。
分科会では伊藤さんが感じた疑問を軸に議論をしたいと思います。教師を目指す学
生さんや若手の先生と「担任ってなんだろう」ということを一緒に考え、ベテランの先
生方と「こういうアイディアもがあるよ」ということを考えられるような分科会にして
いきたいと思います。ぜひ、ご参加ください。

一般分科会5  判断を揺らし、認識の変容を促す授業

対話・討論・ディベートを通じて生徒を市民に遇しうる授業とは? 森俊二先生の実践(提起)をもとに考える分科会です。

  森先生は、 判断を深める教材を提示して、生徒が対話し応答する授業を仕掛けています。どんな発言でも否定せず、価値の探究に議論の焦点を当てていきます。また「教師が」仮説を提示します。あえて教師が自分の意見をつきだすことで、彼らの判断を生徒間で交差させる。森先生はこの主旨を個々の具体的な判断を明らかにする為(生徒に認識をより揺さぶる為)。またディベートの 2 項対立を乗り越える為だと説明します。

  今報告は社会科(高3現代社会)の実践ですが、授業作りにおける森先生の様々な関わり・仕掛けは、社会科に限られた話に留まりません。話し合いを授業作りの一つの柱として励んでいる先生であれば、自らの実践作りを振り返り、批判的に問い直す契機となるはずです。是非、ご参加下さい。(相良)

一般分科会1 HRづくり分科会 S君との関わりの中で 大阪・城塚俊彦

 みなさん、こんにちは。城塚俊彦と申します。商大堺高校に赴任したのは7年前。5年前に初担任を持ち、2度卒業生を送りました。今年度は1年生のグローバルコースの担任を持ち、学年副主任・生徒指導学年チーフを担当しています。新入生の担任はまだ2回目なので、担任としても、一教員としてもどれだけのことを教えられたかわからないですが、どうにか1年半を終えることができました。その中で集団づくりをどのようにしていくか、と意気込んでいました。…(大会紀要原稿より)

 ところが、城塚先生、初日からS君に面食らいます。

「始業式の日、朝のHRは当然全員そろって挨拶を。と思っていたが彼(S君)は挨拶終了後10秒ほどして「あ~~~」と大きなあくびをしながら入って来た。「おはよう!早速どうしたねん?寝坊か?」と聞く僕に「いや別に……。教室わからんかったから」と答えた。手には紙パックのジュース「いちごミルク」を持っていた。…(その次の日もチコクしてくるS君)…「おはよう。おい、2日連続やぞ。どういうこと?」と聞くと「いや、別に……」とS君。手には同じく「いちごミルク」。…その日から彼のニックネーム?裏の呼び名は「いちごミルク」になった。そして、LINEで「いちごミルク君、変じゃない」「いちごミルク高校デビュー?」などがグループで書き込みされるようになる。…」(同上)

 S君は、入学にあたってこんな作文を綴っていました。

「落ちると思っていた。別にこの高校にどうしても行きたいって思っていた訳でもない。…小学校はずっといじめを受けていた。学校に行けば靴がなかったり、教科書が破られていたりした。殴られもすれば蹴られることだってあった。…中学では今思うと恥ずかしいくらい、いきがっていたと思う。自業自得。その言葉通りの中学生活。…気付くとまた一人だった。…この作文を読んで同情したりしてほしくない。過去について、別に気にしていない。ただ、書いた。それだけ。それ以上でもそれ以下でもない。」

 こうして、S君とクラスと城塚さんの波瀾万丈の1年間が始まります。S君はどうなったか。お楽しみに!

問題別分科会3 「クラスに溶け込めるようになるための方法あれこれ」PR

ワークショップ形式の研修会は、教育現場に限らず多くの分野で行われている。私が教師に成り立ての頃は、ワークショップという言葉も知らなかったのではないだろうか。そんな、体を使った(参加者の活動を意図的に盛り込んだ)分科会は、いつの間にか市民権を得ている。もちろん、その効果に理由があっての内容となっているのだが、大方、参加者はその進行にあまり口出しできないことになっている。ファシリテーターといわれる<介入・促進者>があらかじめ描いた内容に即する進行にならざるをえない。

 

私は、どうもこの「とってつけられたような」進行が苦手だ。「はい、今からお互いに<話し手>と<聞き手>に分かれて、自己紹介をしあってください!」とファシリテーターは言う。まあ、それなりに従い、自己紹介をやり合う。特段、嫌な感じもしない。むしろ、真剣に相手に<傾聴>されるので安心感はある。問題は、その先の話し合いのテーマである。そこにはどうしても「とってつけた感」丸出しの内容になってしまう。

 

高生研では、大阪を中心とした「おまかせHR研究会」が、<行商>と称したワークショップを全国各地で展開している。私もそれには参加したことがあるのだが、このワークショップは上記の「とってつけた感」がかなり薄まっている。そもそも、話し合いの内容が教師に卑近なものであるからだろう。ただ、「薄まっている」というのは、「とってつけた感」が0にはなっていないということだ。つまり、その会で身につけようとする参加者の目的と、運営側が狙う意図と、ずれがあったり、あるいはずれがなくても狙いが見えなかったりすることによるものだと思う。

 

そもそも私は、身を任せるということが苦手な人間なのかも知れない。

 

さて、前置きが長くなった。久田さんが提起する問題別の分科会である。

想定されているのは、教師の教室での身のこなしや、生徒間での話し合いがどのように成立するのかを深めたいと考える参加者だろう。紀要原稿を見るに、ワークショップのような進行場面があるものの、すべてがそのワークショップに終始するものではない。むしろ、その合間や後に行う考察や協議の題材になるもので、「とってつけた感」が(仮に)あったとしてつきまとうものではない。さらに言えば、そのワークショップは、極めて旧来の高生研の分科会進行的な要素を持っているのではないかと感じた。古いというのではない。アプローチや進め方は決して押しつけがましくなく、行動心理にも相応ているものだと思う。それはあたかも、「おまかせHR研究会」がHow toといいながらワークショップの中から100連発を引き出していく手法にも通じているし、討議づくりを訓練論の理論の中から紡いでいるようにも感じる。

 

真価は全国大会にて明かされます。多くの方の参加をお待ちしています。

 

<文責  アンドウ@みえ>

 

 

 

一般分科会>第4分科会「細腕学年主任奮闘記 season Ⅰ~Ⅱ」PRその2

■みなさん、こんにちは。首藤です。第4分科会「細腕学年主任奮闘記」の運営をし
ます。すでに藤本さんが概要をブログにアップされています。
私もこの3月まで学年主任をして卒業生を送り出しました。照屋さんも「心がけたこ
と」を書いておられますが、全体として共感するところ大でした。
思えば学年主任とはどんな役回りなのでしょうか。自分をふりかえってみれば、あれ
もやりたいこれもやりたいとずいぶん引き回してしまった感があります。
うまくいったこともあればそうでないことも・・・。担任団との協働をどうつくりだ
し、学校全体の調整をどうはかっていくか、なかなか難しいところもあります。
照屋さんの実践は生徒会の運動ともつながって「学校づくり」という視点でもたいへ
ん興味深い報告です。楽しみです。

一般分科会2 「学年主任の苦労とやりがい 3年間を振り返って」

地域の「底辺校」と言われる普通高校で、学年主任として
何にどのように挑んできたか、3年間にわたる実践の報告。
不登校やいじめ、問題行動などの「事件」に、学年主任の立場から
学年教師たちとともにかかわり、学年行事を通して学年生徒集団づくり
に挑みます。
そして、最後に、退学処分になる生徒のために、学年生徒たちが立ちあがって
校長に「嘆願書」を提出・・・。

スーパー教師のスーパー実践ではなく、
どこにでもあるような学校で、どこにでも起こりうる事件を通して、
生徒や教師集団にどう向き合ったらいいのかを
参加者がいっしょに学び合う、「等身大の実践」です。
学年主任でなくても、担任として、はたまた学年所属の教師として、
いろいろな立場からこの実践を読み解くことができます。

「困難」をかかえた生徒にどう向き合ったらいいの?
教師同士のつながりをどうつくったらいいの?
生徒自治をどう育てたらいいの?
「ゼロトレランス」に頼らない学校をどうつくったらいいの?
こういうすべての疑問や問題意識に応えてくれる分科会づくりをめざします。
時間はたっぷり。一日かけて学び合います。
是非、皆さんのご参加をお待ちしております。
(運営担当者)

問題別分科会5「特別支援教育と学校改革」

「特別支援教育」というのは「特別な支援」が必要な生徒たちへの
「支援」をする教育、というだけの意味なのでしょうか?

「定型発達」ではない生徒たちの生きづらさを和らげることは、
そういう生徒たちを、「普通」に適応させることだけでいいのでしょうか?

「すべての学校に特別支援教育を」と叫ばれ始めて6年。
「普通ではない」生徒たちの存在は、実は「普通」だと思いこんでいる
私たちの学校の日常や文化を問い直しているのではないでしょうか?

どこにでもあるような「進学指導」を軸とする普通高校で、
発達障害の生徒に対して学校をあげての「ケア」に取り組んでいる
学校・教師がここにいます。
名前は早川恵子。
彼女の実践から、普通の高校の「特別支援教育」が
「通路」と化している高校を、本当の出会いと育ち合いのある学校に
変えていく希望を紡ぎ出します。

共に学校変革への可能性を学び合いましょう。

(運営担当者)

一般分科会 第6分科会(授業・午後) 物理で白熱?! ―学習集団の指導と授業実践― 群馬:松本源太郎さん の実践報告について

運営担当:西村康悦(大阪)より

 大阪の西村です。今回、上記の分科会の運営担当になりました。私も一応は理科の教師なので、抜擢されたのでしょうが、理科という教科は実は専門によって全くやっている内容が異なるのです。物理・化学・生物・地学、これらはまるで、イギリス(UK)のサッカー協会がイングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドに分割されているごとくだと、他教科の先生には説明しているところです。なので、物理の授業は私にとって世界史の授業と同じぐらいかけ離れているのです。ちなみに、私の専門は生物で、物理は高校時代から大の苦手でした。
 ところが、松本さんから分科会のレジュメと授業風景のDVDが送られてきて、私の懸念は完全に払しょくされました。わたしも高校時代にこのような授業を受けていたら、物理嫌いにはならなかったでしょう。今年の近畿ブロックゼミナールの“授業祭り”理科分科会は、化学の実験を取り上げたのですが、その中で「実験って、なんやかんやどうなるか考えながら行う予備実験のときが一番楽しいよね」という話が出ました。そんな、予備実験の雰囲気をそのまま授業に導入したのが、松本さんの授業風景です。
 松本さんは5年にわたり“班”を使った授業を行って、学習集団の指導に取り組んでこられました。そして、この学習集団に関する思想を“指導案”にまとめられました。分科会では実際の授業に即して、指導案の内容を皆さんで分析・共有していけたらと、個人的には考えております。ぜひ、物理、そして理科以外の教科の方のご参加を期待しています。